1月生まれのあのこ
「聞いてよカカシ」
これで何度目だろうか。くノ一はよほど話し相手が居ないのか、何度も話しかけてくる。しかし、さすがに五、六回続くと耳が慣れてしまうもので、
「はいはい、聞いてるよ」
「私の誕生日、いつか知ってる?」
「……知るわけないでしょ。君のこと知ったの5分前よ」
「そう、そうなのよ、私たち今ここで会ったばっかりなのよ。この狭い里で、なんとね!」
酒瓶を片手に勢いよくグラスに酒を注ぐ女。久しぶりに顔を出した忘年会にまさかこんなくノ一が居るとは思いもしない。聞いてもいないのに、「私はね、1月なの1月。つまり、つまりよ?」と、今度は枝豆を片手に話し出す。
「はぁ……つまり?」
「皆私の誕生日なんかだーれも覚えちゃいないわけ。イベント疲れに流されるのよ、どう思う?ねえ?」
はぐいっとベストの首を引っ張った。自分としたことが。思いの外素早く、不意をつかれた事をカカシは悔やむ。
「ちょ、待った、苦しっ」
「私はね、、」
「わかった、ね、」
非常にトリッキーだ。キスでもする勢いで詰め寄ったはぱっとそれを手放す。
「あーあ、誰か祝ってくれないかなー」
長テーブルの端の席。難を逃れたい者には最高の特等席。なぜそこに誰も座らないのか。その理由を今更ながらカカシは悟る。周りの面々は誰も助けに来ない。まさに空気と一体化、いや、見て見ぬ振りをしている。誰かと目が合えば、「ご愁傷さま」そんな視線を向けられた。特等席のはずがとんだハズレ席だったのだ。だんだんと目が据わるを見ていると、年忘れどころではない。「今年もイマイチな年だったなぁ~」と吐露する。見栄も何もあったものではない。
それからしばらく経ったある日、年明けの事だ。偶然詰め所でを見かけた。とりあえず、「よっ」と意気揚々と挨拶をしたカカシは途端に馬鹿らしくなった。というのも、
「……どうも」
素面のは小さく頭を下げるとよそよそしい態度で通り過ぎた。「聞いてよ、カカシ」と腐るほど言った当の本人はあの態度。しかし、あれだけ自己主張されたのだ、言われた側は忘れるはずがない。しっかりと年を跨いで持ち越してしまった。
年始の慌ただしさが過ぎ去った頃。カカシはとある一軒屋の呼鈴を押した。
「はぁ~い……どちら様でしょうか?」
玄関の向こうから、のやる気のない声がする。
「あー、はたけカカシと申しますが」
「……」
徐々に足音が近くなり、カチャカチャと鍵を開ける音がした。「ど、どうしたんですか?」としわしわの黒シャツにベストを羽織りながらはやってきた。髪の毛は自由に遊んでいる。「あわてて制服を着込みました」と言わんばかりだ。
「じゃ、お邪魔するよ」
「え、なに、なんですか?!」
の顔は疑問で溢れているが、そんな事は気にしない。
一軒家に一人で住んでいること。誕生日に休暇を取るのが唯一の楽しみであること。年明けの玄関はリースとしめ飾りが一緒になっていて、鏡餅の代わりに紅白餅が飾られていること。任務道具は玄関には全て放置するタイプということ。全てが話した通りだった。あたふたと玄関で足踏みをしたは、「もしかして、か、か、家宅捜索ですか?」とあり得ない事を言い出した。
「まあ、そんな感じね」
「うそぉ……」
「何か心当たりがあるでしょ?」
「えぇ……この前、巻物の封を忘れたからですか?」
青ざめた顔でどうぞとスリッパを出したの生真面目さが妙におかしい。散らかってますけど、という居間には絵に書いたようにぽっかりと人の穴ができたこたつと皮を剥いたばかりのミカンが一房転がっていた。
「はい、これ」
カカシが袋を見せるとは目を点にする。
「誕生日は1日だらけるって決めてるんだよねー」「アジの開きとマグロの刺身でいいからね。お礼は任務報告書の代筆で」「やっぱり寂しいじゃないですか、ひとりって」「誕生日くらいパーっとしたいじゃないですか」酔っ払いの戯言といえど、完全なる嘘でもないだろう。家宅捜索に手土産があるのかと言い出したは「いいんですか?」としっかりそれを受け取る。しかし、中身を見たは目を白黒させる。
「あの~……どうしてこれを?」
「が言ったんだけどね」
どうせならサプライズがいい。そう言ったのもだ。
「家宅捜索でも誕生日はプレゼントが貰えるんですか?」
「……家宅捜索なんてウソに決まってるでしょ」
約束は極力守りたい方だ。カカシがそう告げれば、はくしゃくしゃの髪の毛を慌てて整えた。
「いや、だって……ホントに来るとは思わないじゃないですか」
と、頬を染めて。
それを聞いて色々と思うところがありはしたが、とりあえず今は置いておく。
「誕生日、おめでとう」