10月生まれのあのこ
暗部の薄暗い廊下の突き当りには装備部という部署が存在する。その名の通り、装備品に関することはここで扱われる。ひっそりと静まり返ったその場所に、たまに、見知らぬ女が居る事に気がついた。つい最近、この部署に配属されたらしい。すみません、とカカシが声を掛けると、うっすらとしか電気が点いていない部屋から人影が現れた。
「どうしました?」
「面の修理をお願いしたいのですが」
鉄格子越しに声を掛けると、面ですね、と言って彼女は一枚の書類とトレーをカウンター下から取り出した。
「では、その面をこちらに」
受け渡し窓からするりとトレーを差し出され、カカシはそれに面を入れた。その間、彼女は書類に様々な事を書き込んでいた。サイズ、使っている色、書類に書かれた図面に、欠けた場所をマークする。
いつもは体格のいい男が対応しているが、たまに彼女がここを受け持っている。冗談半分か、本気かわからないが「いつもあの人だったらいいのに」と言う仲間たちを思い出した。
装備部の忍も面を付けていて、一度同じ任務についた事がなければそれが誰であるのか判別しにくかった。今回のように修理依頼は稀であるが、普段は物品を受け取るだけなのだから、誰が何をしていても変わりないとカカシは考えていた。
「代わりの面は必要ですか?」
彼女はいつの間にか面を外していた。どうやら書き物をするのに邪魔だったようだ。
「どれくらいかかる?」
「そうですね……、小一時間ほど、でしょうか」
欠けた部分を眺めながら、そう答えた。意外に早いもんだと思いながら、肝心の返答をしていない事を思い出す。
「一応、借りておくか」
「わかりました、少々お待ち下さい」
一旦その奥へと消えていった彼女の後ろ姿を見ていた。犬っぽい面かぁと一人事を言いながら予備の面を探していた。
「あの……、これでいいですか?」
と、申し訳なさそうな顔をして出入り口から出てきた彼女は、自分が面をしていないことを忘れているようだった。非常灯もある廊下は少し明るく、外で見るとより、彼女の表情がはっきりとわかった。
「もちろん、ありがとう」
すると、あちらの面はお預かりしておきますので、と、笑みをみせた。そして、部屋の中に入った彼女はまったく面をつける様子もなく書類を手にとった。完全に忘れている、そう思ったカカシは声をかけた。
「あのさ、」
「はい」
「面、忘れてる?」
「……あ」
小さく呟くと、彼女は慌てて面をつけ、一礼した後、装備部の奥へ入っていった。
小一時間。暇つぶしにはちょうどよかった。カカシは資料室にこもり、リストをめくっていた。その資料を見ながら、彼女がというくノ一だと知る。プロフィールを眺めると、偶然にもその日はの誕生日だった。
しかし、それは仕事にはまったく関係がないこと。彼女は窓もなく薄暗いあの場所にずっと居なければならない。外はとてもいい天気で、秋を感じる心地よい風が吹いているというのに。通常任務をこなす忍なら、息抜きをしたり、暇を取ったりするわけだが、それも叶わない。
「すみません」
カカシはカウンターに声をかけた。すると、奥の方から人が動く気配がした。
「あ、先程の。少しお待ち下さいね」
はカウンターの下から預けていたそれを取り出し、書類を見比べた。そして、予備の面を受け取ると、貸出口からカカシの面が入ったトレーを差し出した。
「どうぞご確認ください」
それを手にとってみると、欠けた部分は綺麗に修復され、その継ぎ目も分からなくなっていた。
「あ、そうそう、」
「はい……何かありました?」
今そちらに行きますから、と言ったは出入り口のドアを開けた。
「これ、御礼」
「そんな、いいですよ」
全然大したことしていませんから、と言うはそれを受け取ろうとはしなかった。仕事は仕事だという。それならば、とカカシは続けて言った。
「じゃあ、誕生日プレゼント」
「……えっ?」
背中越しで、「あ、ありがとうございます」と困惑した声を耳にする。
最後はきちんと面をしていたが、きっと驚いた顔をしてそれを見ているに違いない。そんなを見てみたかった気もするが、きっと彼女はもう二度と面を忘れたりはしないだろう。すこし、勿体無いことをしたような気がするが、それはそれでいいのかもしれない。
そんな事を考えながら、カカシは更衣室の扉を開けた。すると、そこには既にいつもの顔ぶれが揃っていて、黙々と準備を進めていた。彼らを見ていると、「いつもあの人だったらいいのに」と言った意味が、なんとなく分かるような気がした。