11月生まれのあのこ

 冬の気配がする今日此の頃。
火影室に向かっていると、アカデミーの門の前に一人のくノ一が立っていた。特にすることもないのか、時折ため息を漏らし、両手をすり合わせるそのくノ一はだった。

「おつかれさん」
「あ、カカシ上忍! お疲れ様です。任務帰りですか?」
「いや、今日は報告書を出しにね」
「そうなんですか」
「ところで、アカデミーで何かあるの?」
 寒空の下、わざわざここに居る理由がわからなかった。するとは、「あれ、聞いてないんですか?」と不思議そうな顔をした。知らないなんておかしい、そう言っているようにも見える。恐らく聞いていないのではなく、記憶の片隅に押しやられているだけだとカカシは思った。
「なんだっけ?」
「今日はアカデミーの入学願書受付日なんですよ」
「あー、そうか。もうそんな時期か」
「そうなんですよ。一年って早いですよね〜」
 はそう言って何度か手を擦った。話を聞くと、場所が分からずうろうろする保護者のために、ここで待機しているのだという。アカデミーの玄関に視線を移す。入り口には『受付はあちらです』と大きな張り紙までしているのに、本当に迷子になるのだろうかと思うが、子供の受験となれば緊張で盲目になるのが親というものなのかもしれないとカカシは思った。の話によれば大抵1組は受付時間ギリギリにやって来て、場所を確認する様子もなくアカデミーの職員室の方へ駆け込んでいくのだという。入学願書受付は時間厳守。1分遅れてギリギリセーフにはならない。確か、去年も同じような事をから聞いたなとカカシはぼんやりと考えていた。

、去年もここの当番じゃなかった?」
「はい、よく覚えていらっしゃいますね」
「んー、まあね……。それよりそんな格好で寒くないの?」
「そんなことないですよ?」
 だいぶ冷え込んできたというのに、は任務に向かう時のように濃紺のシャツにベストを身に着けていた。もちろん、これが任務であれば特段気にすることもないのだが、大して動きもせずじっと数時間立っているというのはなかなか辛いものがあるだろう。そう思っていると、は、だってほら、と言ってシャツの袖をめくった。細い腕がちらりと顔をだした。
「重ね着で防寒対策ばっちりです! 今年は去年を教訓にしたんですよ」
 わざわざ見せなくても、と思いつつもなぜかその様子が微笑ましくもあり、愛らしくもあった。澄ました顔でなるほどね、と言いながらカカシは続けて言った。
「だって、去年ねぇ……」
「え、まさかそれも覚えてるんですか?」
「そりゃあね。めちゃくちゃ寒そうにしてるのに、平気ですってずっと言ってたし。おまけに初雪まで降っちゃってさ」
「は〜、そうなんですよね、何も雪まで降らなくていいのにって思いましたよ」
 思い出し笑いなのか、は珍しく小さく肩を震わせた。
 そんな話をしていると、一組の家族が自分たちの目の前を通り過ぎようとした。もちろん行き先はアカデミーの職員室だ。そんな二人組をは慌てて追って行った。
 戻ってきたは時間だからと一礼し、報告をすると言って火影室へ向かった。



「あれ、カカシ上忍?」
 戻ってきてどうしたんだと言いたげなの視線は尤もだった。用もないのにいつまでもアカデミーの門にいるのは不自然だからだ。
「はい、これ」
 カカシは手に持っていた温かい飲み物を手渡した。自分なら絶対に買わないものだった。
「え、いいんですか? ありがとうございます、嬉しい!」
 はそれをまるで大事なものを抱えるように両手で握りしめた。いくら防寒対策をしていると言っても、手の指先はすっかり冷えてしまったに違いない。温かいと言いながら目元を緩める。その気持ちはよくわかるが、はいつまでたってもそれを飲もうとしなかった。
「早めに飲まないと温くなるよ?」
「あ、はい」
 そうですね、という割にはどこか躊躇したように缶のラベルを見つめた。カカシの記憶でははそれが好きだったはず。一年の間に好みが変わったのだろうか。まさかの記憶違いか。
「あー、別のが良かった?」
「い、いえ! 私これ好きですよ」
「ん、そう?」
「ただ、……ちょっともったいないな〜なんて思ったり」
と、は俯いた。恥ずかしさをごまかすようにも見える。そんな彼女に「はそんなんで喜んでくれるなんて楽だね」と、少しばかりからかってやると、「カカシ上忍、それはちょっとひどいですよ〜」とはわざとらしくむくれてみせた。

「なーんて、さっきのは冗談で。はい、これ」
「え?」
「誕生日、おめでとうってこと」

 ポケットから差し出したそれを見つめるの表情はみるみる変化する。
 その様はどことなくかわいらしく、カカシは密かに口元を緩めた。

- BACK -