4月生まれのあのこ
アカデミーの入学式が終わると、上忍達はいよいよ忙しくなった。
それはも例外ではないらしい。
が担当上忍に任命されたのは、数日前の事だった。
今年は誰が下忍の世話をするのか。この時期ならではのちょっとした注目イベントだ。
「はー……、私が下忍を三人も?」
これで何度目だろうか。自分が隣を歩いているという事も彼女はすっかり忘れてしまっているらしい。
「そんなに心配しなくても大丈夫でしょ。なんなら、明日の試験で落としちゃえばいいじゃない」
カカシは軽い冗談のつもりでそう言ったのだが、今のには通じるはずもなく、彼女は焦った顔をした。
「そんな事できるわけないですよ! 皆必死で頑張って、ご家族だってうちの子は下忍になるんだって、期待して……、そもそも、私が落とすのと、カカシさんが落とすのとは訳が違うんですよ!」
と、は珍しくカカシに向かって食ってかかるようにそう言った。
はいつも穏やかな方だと認識していたカカシは少し意外だった。
「そんなに肩に力が入ってると、の方が先に潰れるよ。 それに、大事な事忘れてない?」
「……うーん……、あ、マニュアル借りるの忘れてた! どうしよう、今夜復習しようと思ってたのに、」
は絶望的な顔をして肩を落とした。
「あのね、さん」
「はい」
急に改まって名を呼ばれたは火影室に呼び出された時のように身を引き締めた。そんな彼女をみて、カカシは出来るだけ笑わないように努めた。真剣な顔を保ったままカカシは続けて言った。
「目の前に今、誰がいるか知ってる?」
「はたけカカシ上忍です……」
引き締まった表情からは、やがて不安と困惑の色が見え始めた。こんな事は滅多にない。もう少しからかってみようと思っていたカカシだが、だんだん可哀相に見えてきて、それはできなくなってしまった。
「わざわざマニュアルなんて借りなくても、ここにあるでしょ」
だが、せっかくのヒントも今の彼女には全くの無駄だった。はまったく気がついていないらしい。「え、カカシさんマニュアル持ってるんですか?」と期待に満ちた視線をむけられたカカシは仕方なく自ら種明かしをする事にした。
「オレに聞いた方が早いって思わない?」
「カカシさんに?」
「そう、オレに」
「そっか、カカシさんに……」
納得しかけたはすぐさまその考えを撤回した。
「いえ、それはできません」
ばっさり断られたカカシは理由を聞かざるを得なかった。
「なんでそうなるわけ?」
「だって、カカシさんに聞いたら……追いつけないじゃないですか」
「え?」
「私もちゃんとできるんだって、証明してみせます。だから、その……」
どうやら独り立ちしようとしているのはあのアカデミーの卒業生だけではないようだ。手取り足取り教えてあげたい気持ちは胸にしまっておこう、カカシはそう思った。
「カカシさんには……私のこと、見守っててほしいんです」
決意を述べる。
どうしようと不安を言いつつ、きちんと担当上忍としてがんばるつもりでいるのだ。
「なら、オレはだまって見てるしかない、というわけか」
カカシがほんの少しがっかりした声で呟くと、は慌てて言った。
「あの……でも、ピンチの時は、ヒントをもらいたいなー、と思っていたり……」
ちらちらカカシの様子を覗う。そんな彼女にカカシは即答してあげたい気持ちでいっぱいだった。
「んー、どうしようかな」
「だめ、ですか?」
「じゃあ、ヒントは教えてあげてもいいよ」
カカシの言葉に、はわかりやすく頬を緩ませた。
「それでね、」
「はい?」
「もう一つ重要なことを忘れてるんだよね」
「え?」
ぷらぷらと街中を歩いてるだけのようで、彼らが向かっているのはカカシのアパートだった。その事にはまだ気がついていない。の思考は仕事の事でいっぱいらしい。
彼女は重大な事を忘れている。
カカシはおもむろにポケットから手を出した。もう片方にはいつもの本がある。
何気なくカカシが手をつなぐと、は驚いた顔をした。そして、「あ」と小さく声をあげた。そして、また「あ!」と声をあげた。
そしてカカシと繋いだ手を交互に見つめた。「思い出した?」とカカシが尋ねると、は小さく頷いて、頬を緩めた。
カカシは本をポーチにしまった。遅咲きの桜の花びらが、の髪にふわりと舞い落ちた。カカシは淡いピンクの花びらを一つつまんで、ポケットに入れた。
そして、冷蔵庫に入ったケーキ思い浮かべ、カカシはほんの少し胸を高鳴らせた。
はたして彼女は喜んでくれるだろうか。たぶん好みは外れていないはず——。
そう思いながら、家路を急いだ。
早く言いたい気持ちを我慢しながら歩む道のりは遠かった。
鍵を回して扉を開けたと同時にキスをすると、彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。