5月生まれのあのこ
最近、丸くなりましたね。面と向かって言われたのは弟子をもってからだ。裏を返せば昔はそうではなかったことになり、カカシは苦笑いする。そしてその度に、昔も今も慕ってくれる友人や部下は貴重な存在であると自覚する。
「カカシ先輩、見てくださいよ!」
無言のカカシの腕を引っ張るのは、。無言をノーと受け取らないのは暗部では彼女くらいだろうとカカシは思う。任務も終わったし、一眠りしようと考えていた矢先だ。当然ながら機嫌がいいとは言えない。
「オレは見たくないから。じゃ」
「そんなこと言っても私は見てほしいんですよ」
「は?」
これは価値観のお押し付けではないか。カカシがじっとりとした視線を向けるも彼女はその腕を離さなかった。「アンタ、先輩に何してんのよ!」そんな声が背後から振ってきてもへへへと笑っているばかりだ。初めのうちはカカシだってきちんと逃げ出していたのだが、いつからか逃げることが億劫になった。「どこ行っちゃったんですか先輩?!」と切羽詰まった声で里中を走り回られる面倒さに比べるとこちらのほうがまだマシと思うようになったのだ。そういった心境の変化を彼女はとても前向きに捉えたらしく、事ある度にそうした行動を取るようになった。
そしてズルズル引きずられてやってきたのは橋の上だ。
「見てください、カカシ先輩!」
「ああ、見たよ。見たからその腕離してくれない?」
「まだ感想を聞いてません」
「はぁ……えーと……」
誰がそうしたのか知らない。子どもの節句はとうに過ぎてしまったはずだが、川の上にはいくつもの鯉のぼりが並んで泳いでいた。大、中、小。黒、赤、青。他にも緑や黄も。川岸から伝ったそれらは、ゆらゆら揺れている。透き通った水面にそれらが写り込んで虹がかかったように反射していた。
「きれい。そんでもって、自由」
美しくて、綺麗で。ここで縄を切り落としたら、この鯉達は生き生きと尾を振って、そのまま泳いでいくのではないだろうか。そんな想像をして、少しだけ恥ずかしくなった。
「オレばっか言わせて、はどうなのよ」
「私も、私もそう思います」
そう答えたはいつものヘラりとした顔ではなく、ほっとしたように少しだけ頬を緩ませ、じいと川の底を見つめていた。
それからほどなくして、担当上忍が決まる。それと同時に、とも会うことがなくなった。さらさら揺れる新緑、とくによく晴れた日はこの日を思い出す。
そして今日、ちょうどその時。私服姿のとすれ違った。瞬時に追いかけ、思わずカカシはその手を引く。
「な、カカシ上忍?」
「よっ、お久しぶり」
「お、お久しぶりです。もしかして、司令ですか?」
「いやいや。ちょいとね、お前と見たいものがあるのよ」
「私と?」
そのままぐいぐい手を引いて、あの川を目指した。「私、これから用事があるんですけど?」とぶつぶつ言っていたがそんなことは気にしない。逃げようと思えば逃げられると知っているからだ。
—— おお、よかった。あるある。
目的の場所につき、川を覗き込んだはしばらくだんまりとなった。それから、
「カカシ上忍が見たいものって、これですか……?」
「そう。ふと思い出してね」
「随分急ですね。どうして?」
「んー、誕生日だから?」
きらきらと輝くそれはあの時と同じようにあたりを照らしているように見えた。は以前のように目を輝かせはしなかったが、ほんのり笑みを浮かべた。
「あのさ、時々お前の家いっていい?」
「えっ、なんでですか?! あ、ひょっとしてカカシ上忍、暇なんですか?」
「暇ではないんだけども……ほら、日陰ばっかりいるとカビ生えちゃうでしょ?」
「私、そんなに引きこもってませんよ。今日だって今からネイルサロンに行くんです。カカシ上忍もどうですか?」
ツヤピカになりますよ、とはカカシの手を取る。
「……カカシ上忍、ずるい」
「何が」
「私よりツヤピカじゃないですか、普段何してるんですか?」
「別になにもしてないけど」
「はぁーもう……ほんっとずるいんだから」
「ずるいのはお前の方でしょ」
オレが自由にしてやるよ。そんな風に言えるまではまだまだ遠い。
けれど、いつかは。
そんな風に思えるようになったのはやはり丸くなった証拠だろうか。