スイート・スイート

 あれはツーマンセルの任務に出かけたときのこと。

 用心深いのか、は背嚢に色々な物を詰め込んでいた。道中、何度か背負い直しては「持ってきすぎたかな」と呟いた。確かにの背嚢はカカシが普段目にしている物よりも余裕がない形をしていた。

 山道は日が当たらない分、少し湿っぽく独特な土の匂いがする。時折、湧き水が流れ伝った跡があり、滑らないようにと注意をしていた所だった。

「わっ」
 言った側からは泥水を踏みつけ、ずるりと足を滑らせた。カカシは慌てて腕を掴み、派手にが転ぶのを回避した。
「だーから、この辺滑るから気をつけないとって言ってるでしょ」
「あー、ごめんごめん」
 立ち止まったは靴裏を見て、張り付いた古い落ち葉を摘んだ。
 頭上を見上げると、広葉樹の葉が朱色に色づき始めていた。
 この時期の山奥は一面緑色だった景色が様変わりする。殆ど毎日のように里を出ているにもかかわらず、気がついたら、と毎年のように言うのは日々の忙しさからなるものだろうかとカカシは思った。

「この時期、この服装ってちょっと目立つよね」
 そう言って、はベストの裾を摘んだ。確かにこの時期は濃紺のシャツと深緑のベストは少し目立つ。だが、この山にあるのは落葉樹ばかりではない。
「あっちを通れば問題ないんじゃない?」
「そうだけど、せっかく里の外に出てるんだから、ちょっとくらい楽しみたいと思わない?」
 そう言われてもこれは任務である。帰るまでがなんとかと言うではないか。
「いや、別に」
 カカシがそう答えると、は小さくため息をついた。そして、「カカシくんには情緒ってものが欠けてる気がするのは気の所為かしら〜」とわざとらしく言うのだ。任務は予定よりも早く終わった。どこか寄り道をしてもバレはしないだろう。帰っても、また任務。今回も任務完了と告げれば「はいこれ」と、まるで簡単な物、例えるならばアカデミーの保護者へのプリントとかそんなものだろうか。それを手渡すような軽さで、次の任務計画(Sランク)の書類を突き出されるのではないだろうか。きっと彼女はそれを見て、不満を顕にすることだろう。そのとばっちりが誰にやってくるのかは明白である。それよりも、前回の報告書を出さなければならないのだが、この景色をじっくりと見ていられるのも今日くらいなものなのかもしれないとカカシは思った。

「ま、あまり早く戻ってもね……」
 ぽつりと呟くと、は「そうよね。早く帰ったってね」とすました顔で呟いた。火影の前でもこれくらいすました顔をしていればなんてことはないのだが……。
「じゃあ、裏山に偵察に行こう」
 突然張り切りだしたを見て、カカシは思わず吹き出しそうになった。あまりにもわかりやすい。
「それで……、なんでそれを下ろすの」
「ね、カカシお腹空いてない?」
「……どういうこと?」
「まあ、カカシは黙ってそこに座って見ててよ」
と、言われた通り彼女を見ていると、カカシは彼女の背嚢に余裕がない理由を知ることになった。
「……あのさ、一つ聞いていい?」
「なに?」
って、下忍たちともこんな事してるの?」
「いや、さすがにそれは……あ、一回あったっけ?」
 それを聞いて半分安心し、半分心配になったのは言うまでもない。なんと、彼女の背嚢から出てきたのはクナイや巻物の類ではなくサツマイモだった。5本くらい入っている。微々たる重さとは言え、普段よりも荷物が増えるのは確かだ。彼女曰くサツマイモはいざという時の食料であり、任務に支障はない……らしい。
「要するに、焼き芋したかっただけだよねぇ……」
「いやー、バレた?」
「バレたも何もないでしょ」
 やや呆れ顔のカカシにもが動じる様子はない。せっせと燃えそうな物を集めて手慣れた様子で芋を焼く準備を始めた。枯れ葉と一緒に真新しい落ち葉を拾い、それを見つめながら、「紅葉って、赤ちゃんの手みたいだよね」と手の平に乗せてみせた。そして、優しげに笑う。そんな言動を見ていると、ここだけ突然平和が降ってきたようだった。しかし、彼女は紛れもなく忍である。カカシと同じように額当てをしているし、木ノ葉の制服だって着ている。なんだかんだと言いつつ、きちんと任務をこなしているくノ一である。しかし、しっかりしているようで頼りなくて、時々子供っぽい。それがだった。
「あー、火がないよ、どうしようね」
と、言ってカカシの方を見つめてくる。
「まったく……」
 そう言いながらカカシは火を点けた。「わーありがとう」と取って付けたような声で礼を言うと、「これで共謀だよ」と笑う。こんな風に、時々不純らしき影も見せるのだ。

「言っとくけど、オレはそんなのに引っかからないから……」
 カカシの言葉をどのように受け取ったのか、は不思議そうな顔をした。そして、みるみる眉間にシワが寄って、カカシの方を訝しげに見る。
「なんか言いたいことでも?」
「カカシ、燃えそうなんだけど、いいの?……」
 彼女の視線を追ってみると、背表紙には燃え切れない灰が張り付いていて、若干焦げ臭い匂いがした。
 小一時間程時間を潰して灰の中を突いてみる。
「カカシ、火加減最高だね。焼き芋屋さんになったら?」
 冗談を言いながら、は熱い熱いと言いながら、出来たての焼き芋を半分に割った。
「はい、カカシの分ね」
「オレはいいよ……」
「え、でも私一人じゃ食べきれないよ」
 下の方だけ新聞で包まった焼き芋をしょうがないと受け取りながら、カカシはこういうのも悪くはないという考えを心の隅に納めておいた。



 案の定、里に帰って非常にまずい事になる。
 火影室に入ったとカカシはさっそく火影に怪訝な顔をされ「お前達、なんか焦げ臭いぞ……起爆札でもやられたのか?」と真面目な顔で言われたからだ。
「はい。でもカカシさんのおかげですべて完了しました」
と、はすました顔で言ってのけた。もちろん、半分は嘘ではない。火を点けたのもカカシであり、消したのもカカシであり……、ちなみに芋はが昨日同行した任務先で頂いたものである。
 だが、火影がそう簡単に騙される訳がない。「そうか。なら、焼き芋の責任はカカシになるか……」というものだから、焦ったのはいうまでもない。焼き芋の処罰なんて聞いたことがない。しかも仮にも上忍が、だ。さすがにもカカシにそんな珍妙な責任を被せようとは思っていなかったようだ。「いえ、この責任は私です」と言いながら、
「火影様にも食べてもらいたいと農家の方がおっしゃっていまして」
と本当かウソかわからないようなことを言いながら、残りの3本の焼き芋を差し出したのだった。これが最高に美味しかったのが幸いした。火影は早速その芋をとり寄せていたらしい。農家も喜んでいるし、すべてうまくいったとは満更でもない様子だ。
 火影をも丸め込んでしまうを見て、カカシは自分も時間の問題ではないだろうかと思いはじめていた。


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