≪ 三 ≫

 この里で自慢できる物は限られている。
 この里は植物も限られた種類しか育たなかった。黄土色の殺風景の町並みは季節が変わっても然程変わらない。その上夜が更けると、どことなくうら寂しげな雰囲気が漂った。その様子を見て、『気味の悪い里』そんな感想を持つ者もいる。
 そんな里でも、砂嵐がなければ夜空には無数の星が現れた。その夜空は数少ないうちの一つで、最も美しいとは思っていた。


 時折動く人影に注意を払いながら、は宿の上で一夜を明かす事になった。辺りにはツーマンセルの忍達が等間隔で待機している。

「私、定時報告してくるからここお願いね」
 そう言うや否や、と共に警備にあたっていたくノ一は屋根の縁に足をかけた。はそのくノ一が走っていくのを見届けながら、再び夜空に視線を移した。
 そんな時だった。
 僅かに揺らぐ空気を感じ取ったは合図を出すために印を結ぼうとした。だが、軒下の気配が別のものだと分かると慌ててそれを解く。
 軒下からするりと現れたカカシの姿に、はほっと胸をなでおろした。危うく騒動を起こすところだった。
「何かありましたか」
「んー、それが……」
 カカシほどの忍が困るなんて。の胸に不安が過る。
「同室の忍がうるさくってね。よくあんなに豪快に眠れるよね」
 冗談、いや、本気だろうか。どちらとも取れるような口調に、は困惑した。
「では部屋の手配を、」
「ま、それは冗談として」
「冗談、……」
 こんな時に、はそう思った。
 明日の朝、何が起るのか想像もつかないというのに……。
「用がないのなら、早くお休みになられた方がよろしいかと思いますが」
 ほんの少しトゲのある物言いだったかもしれない。カカシはの様子を見て、「いやね、」と本題を切り出した。
「あまりにも星が綺麗なもんだから。見ないと勿体無いよね」
 そう言うと、カカシは夜空を見上げた。
「どうでしょうか。里の者は、見慣れているので……」
 この里の者が一々砂嵐に驚かないのと同様。この夜空が綺麗だと思っていても、わざわざ外に出て見上げようとはしない。砂隠れの里では当たり前の夜空に過ぎない。
「でも、君も見てたでしょ?」
 独り言のようなその言葉に、は無言で空を見上げた。こうしていると、国だとか里だとか、そう言うものは凄く小さな話だと思えた。永遠に続いているかのように思う広大な砂漠にも、どこかに終わりがあって国境がある。だけど、この夜空はこの星を超えてずっと繋がっていて。
 皆、同じ空を見ている。
 そう考えると、争ったり奪い合ったりするのが馬鹿らしい事なのではないかと思うのだが、それを言う立場でもなく、は沈黙を貫いた。
 


「おまたせ、こっちは大丈夫だった?」
 顔を上げたは周りを見渡すと、カカシの姿はどこにもなかった。彼女が往復してきた時間を考えると、然程時間は経っていないようだ。五分程度の僅かな時間だったにもかかわらず、はとても長い時間を過ごしていたような気がしていた。
「何かあったの?」
 の様子に、くノ一は心配そうな顔をした。
「うーうん、何も。報告ありがとう」
 が笑みを見せると、彼女はほっとしたように息をついた。
 しばらくすると、交代の忍がやってきた。どこも異常なしと言う。
「それにしても、今夜は静かだな」
 何気ない一言だったが、皆がそれに頷いた。



 翌朝、風影奪還の任務には幾人もの志願者が出たが、それらは殆ど退けられた。
「相手は手練だ。ここでは綿密なチームワークが必要になる」
 そのような理由だった。木ノ葉から増援が来るというのに戦いに参加できない、それを知ると次々に不満の声が上がる。
「……本当に、それでいいのですか?」
 の言葉にバキは驚いた顔をした。
「珍しいな、がそんな風にいうとは」
 驚いたのは彼だけはなかった。ほかの忍たちも皆一様に顔を見合わせた。何に対しても二つ返事だったくノ一が珍しく意見をしたからだ。
「心配するな。きっと風影様は戻ってくる」
 バキは宥めるようにの肩に手を置いた。
「残った者は里の警備だ。任せたぞ」
 その言葉に、は小さく頷いた。そんなに数人が励ましの言葉をかける。
 あの組織に太刀打ちできる忍は限られている。そんな事はわかっている。
 その一員として、自分も参加したかったのかと言われると、少し違った。何もできない自分に腹が立ったのか、それとも単なる自己保身のためなのか……。
 は配置に就きながら、なぜあんなことを言ったのか考えてみたが、それらしい理由は見つからなかった。


 今、この先の森で何が起きているのだろうか。
 は木ノ葉の忍達と相談役の一人であるチヨの四人が向かった先を見つめた。視線の先には広大な砂漠が広がっている。何もない黄土色の景色には、いくつもの足跡ができた。それも砂嵐がやってくると何もなかったかのように、まっ皿にしてしまう。
 が見つめていた彼らの痕跡も、瞬く間に消えてしまった。



 これ程一日が長く感じるのは久しぶりだった。
 何度か交代を繰り返しながら、が警備を続けていると連絡班から知らせが入った。半分程の忍は現地へ向かうという。良かった。嬉しい。そんな声が飛び交う中、吉報に付随するように凶報が入ると、皆口を閉ざした。
「あの相談役がね」
 誰かがそんな事を呟いた。

 里に残ったは彼らを迎え入れる準備を手伝っていた。
 包帯や痛み止めは足りているか、消毒液などの数を確認し、できる限りの準備をした。医療忍者ではないが勝手に触れらるものは多くはない。何かしていないと落ち着かない気分だったが、すぐに手持ち無沙汰になってしまったは他の忍達と同じように彼らを出迎えるために、里の入口の方へ向かった。

 歓喜の声が湧く中、は彼らの姿を探したが、それらしい人を見つけるのは困難だった。
 人の輪から抜け出し、霊安室で亡骸を引き受ける事になったはその姿を見て呟いた。
「これは……」
 思わず漏らした言葉に、木ノ葉の医療忍者が言った。
「素晴らしい方ですね」
 そう言って、涙を流したのだ。
 それを見たは、いたたまれない気持ちになった。
 その亡骸はとても穏やかな表情をしていて、とても戦った後とは思えなかった。人生を全うした、もう悔いはない。そう語りかけているようだった。

 人の死に涙を流す。当たり前の事だ。
 他里の者ために、他里の者が涙を流す。
 これは当たり前の事なのだろうか。

「私は泣くなと教わりましたが、木ノ葉は違うのですか?」
 十代の女の子に自分は何を言っているのだろう。はそう思ったが、彼女は気を悪くした様子もなく答える。
「いいえ。木ノ葉も同じですよ。私、昔から泣き虫なんです」
 そして、腕で涙を拭いながら、思い返すように一点を見つめた彼女は「でも、叱られたことはなかったかも……」と、ぽつりと言った。