3月生まれのあのこ


「カカシ先生、何見てるんだってばよ?」
 草っぱらに目ぼしいものでもあるのか。そんな顔で教え子はこちらを見た。
「あ、なんでもないよ。ちょっと思い出しただけ」
 フフッと笑うと少年は顔を強張らせる。





「これをするとね、生きてるって痛感するの」

 はそう言ってナイフを取り出す。ぞっとするような言葉を吐く彼女に、カカシは眉を寄せる。
「そりゃちょっとおかしいでしょ……」
 ちょっとどころかかなりおかしいように思うのだが、彼女は至って冷静だ。
「おかしくないよ」
「いや、おかしい。どう考えても」
「えー、そう?」

 カカシはの手元を見て訴える。
 まな板にころんと転がっているのはフキノトウ。その茎をはざくざくと切り落とす。春の訪れを告げるそれに、はあのような言葉を吐いたのだ。もちろん、フキノトウそのものに危険な香りは微塵もない。カカシは彼女の言葉選びに疑問を抱きつつ、様子を眺めていた。

「フキノトウの下処理をするとね、もう春が来たんだなーって。わかるでしょ?」
「ああ、そういうこと……」
「そっか、カカシ天ぷら嫌いだもんね」
「んー、それはそうなんだけどねぇ」

 は「ふーん」とつまらなそうな顔をした。
 そして彼女がおかしいのはこれだけではなかった。フキノトウに衣を付け、油に入れる彼女の表情は渋いものだ。終始眉を寄せ、それを見る目つきはとても好物を揚げるような視線ではない。まるでこの世から抹消したい、そんな顔をしているのだ。

「ねえ、いい感じ?」
「まあまあね」
「あとどれくらい揚げたらいいと思う?」
「その浮いたやつは?」
「あ、これ。確かに」

 あ、こっちもいいかも。これも。それも。と、くるくる回るそれらをひょいひょいとトレーに上げ、は皿に盛り付けた。

「出来た……ついに、今年も実食の時が!」

 そう言っては渋い顔で食卓につく。
 そんな彼女を見て、カカシはずっと抱いていた疑問をぶつける。

さ、実はあんまり好きじゃないんじゃない?フキノトウ」
「うん」

 天ぷらは好き。でも、フキノトウは苦手。はそう言って、フキノトウの天ぷらを頬張るのだ。

「なんでフキノトウがそういう意味になるわけ?」
「だって、これ苦いでしょ?うわって思うでしょ?春でしょ?」
「で?」
「で、今年も私は生きてるぞ!って思うの」
「はぁ……」

 正方形の狭いテーブルに向かい合い、カカシは目の前のフキノトウを見つめた。天ぷらは苦手だが、フキノトウは嫌いじゃない。おもむろに、それを箸でつまむ。

「んー……やぱっり苦手だなぁ、天ぷらは」
「じゃあなんで食べたの?」
「うわ、天ぷら。と思うから?そういうも食べてるでしょ」
「年に一度の決め事だからね」

 誕生日に苦手なものを食べる。変な決め事だとカカシは思う。だが、

「その決め事に付き合うのも悪くないかもね」
「そう?」
「そうねぇ」

 ぷぷっと噴き出しては喉に麦茶を流し入れる。





「ナルト。今からお前に任務を与える」
「やったぁー!そんでそんで、任務ってなんだってばよ」
「フキノトウを見つける任務。たくさん見つけたら半分持って帰っていいぞ」

 げーっといかにも面倒くさそうな顔をする教え子。まあ、頑張りなさいな。そんな言葉をかけながらカカシは地面に目を凝らした。
 —— たしかに、ね。
 フキノトウを眺めながら、平穏無事であることを密かにカカシ嬉しく思うのだった。

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