7月生まれのあのこ

 すっかり夏の日差しになった木ノ葉の里は今日も賑やかだった。

「みんなー、今日の演習は終了!」
 第三演習場に清々しい声が響いた。彼女の声に、思わず下忍たちの表情が緩んだのをカカシは見逃さなかった。だが、それはも同じらしい。
「演習は終わったけど、午後からは自主トレと、今日習った事を巻物一本にしてレポートだしてね」
という彼女に、彼らの表情が一気に曇った。


にしては、なかなか手厳しいね」
「カカシだってそれくらいしてたでしょう?」
 梅雨明けしたばかりの青空には、かんかん照りの太陽が容赦なく照らしていた。蝉の鳴く声がそこら中から聞こえる。木ノ葉の里は彼らにはとても心地良い場所のようで、煩いくらいに鳴いていた。

「オレはどっちかって言うと、放任主義だった、かな?」
 放任主義と言っても、カカシの場合は早く新しい技を教えろと引っ付かれて困るから、という理由のほうが大きいかもしれない。
「えっ、そうなの?」
 やり過ぎたかな、と少し困った顔をするにカカシは言った。
「レポートは大事だし、にはのやり方でいいんじゃない?」
「そうかな。実はね、あの子達、結構情報収集とかレポートまとめるのが上手いの」
 確かに彼らはそういうタイプだ。実技よりも紙と鉛筆を握ってる方がずっと楽しい、そんな空気が漂っている。こんな天気なら汗だくになっておかしくないのに、彼女が涼しい顔をしているのはそういうことだ。そんな事もあって、彼女も実戦演習に力を入れているわけである。さすがに演習の様子をずっと盗み見ていたとは言えず、カカシはそれっぽい事を呟いた。
「へー、そう。たしかに、ちょっと頭脳派っぽいもんねぇ」
「今度カカシにも見せてあげる」
 それでも、教え子たちが成長する姿は嬉しいらしい。は自慢気にそう言って微笑んだ。

「任務ならいろいろ揃えないと。内容次第じゃ情報部に寄らなきゃ」
 そう言いながら、は忍具ポーチの中を漁った。起爆札にクナイ、手裏剣の数。正確に数を覚えているのは彼女らしい。
「ところで、こんなにのんびり歩いてて大丈夫なの?」
「んー、ま、そんな急いでもないから大丈夫でしょ」
「急ぎじゃないって、……一体なんの任務?」
 はカカシの方を訝しげに見つめた。そんな彼女を見て見ぬふりをして、カカシは木ノ葉の商店街へ足を向ける。カカシが火影室の建物を通り過ぎようとすると、ははたと立ち止まって言った。
「ねえ、カカシ。任務って本当にあるの?」
 さすがに彼女も不審に思ったようだ。
「んー、の想像通りかな」
「やっぱり。演習中断しちゃったじゃない」
 そう言ってはがっかりした顔をした。
「演習再開する?」
 カカシの意地悪な質問にはため息をついた。さすがに担当上忍ともあろうものが同僚に騙されたなんて言えないからだ。
「なんでそんな嘘つくの?」
 任務でないと知ったこともあり、肩の荷をおろしたかのようにはほっとした様子で呟いた。
「こうでもしなきゃ、演習ばっかりでぜんぜん会う時間ないからね」
「え、そんなに会ってなかったかな」
「まー、軽く3週間ぶりくらい?」
「え! そ、そうだっけ」
「そして今日は午後から会う約束をしてたりして」
「……そうだったね」
 やっと約束を思い出したのか、は申し訳なさそうな顔をした。

「誕生日はどこか出かけたいって言ってたのはの方だよね?」
「そうだけど……」
「オレが忘れてると思って、演習みっちり入れたんだろうけど、本人が忘れちゃダメでしょ」
「いつから気づいてたの?」
「それは秘密」
「えー、意地悪」
 そう言いながらもの表情はにこやかだった。
「で、どこに行くんだっけ?」
 目当ての場所をぼんやりとイメージしながらカカシが質問すると、も同じ様に言った。
「どこだったと思う?」
「あー、確か甘味処だったか」
「あたり」
 3週間ぶりに会うからか、特別な日だからかわからないが、今日のはご機嫌だった。
「今日は熱いから、かき氷、半分ずつ食べない?」
「それもいいかもね」
 普段なら乗らないような提案もすんなりと受け入れてしまうのは、熱さのせいだろうか。
 それとも、の楽しそうな様子をいつまでも見ていたいからなのか。


「カカシ、かき氷は何にする? やっぱり、定番のいちごかな、それとも宇治金時?」
 そんな彼女を横目で見ながら、カカシはポケットに忍ばせてた物を指先で触れて確かめた。
「あ、今日は、特別だから、スペシャルにしちゃおうかな〜」
 子供のようにキラキラした目をしている。担当上忍の顔なんてすっかり消えている。
「オレが奢るから好きなのにしたら?」
「え、いいの? それって、誕生日だから?」
「ま、そういうこと」
「ほんと? 嬉しい! じゃあ、贅沢して……スペシャルにしちゃおうかな」

 すっかりそれが誕生日プレゼントだと思っている。
 店に前に来て、メニュー表を熱心に眺める彼女のポケットに、そっとそれを忍ばせた。
 いつ気づくだろうか。
 そう思いながら、カカシはその様子を見ていた。

 だが、その瞬間は思いの外早かった。
 店員から料金を聞き、は無意識にポケットに手を入れた。
「五十両ね」
 カカシが店員に料金を手渡すと、は驚いた顔をしていた。


「オレが払うって言ったでしょ?」
「あ、うん、ありがとう……そうだけど」

 テーブルに届いたかき氷はかなり豪華だった。さすがスペシャルという名がつくだけはある。
、早く食べないと溶ける」
 店の外では相変わらず煩いくらいにセミの鳴き声が響いている。
「あ、うん、そうだね溶けちゃうね」
 戸惑いながらも、言われるがままにはそれを頬張った。
「ありがとう」
「美味しいじゃなく?」
「うん、美味しい。でも、嬉しすぎてよくわかんなくなってきちゃった」
 はまたそれを口にし、「カカシ、ありがとう」と呟く。そしてまた一口食べて、ようやく「美味しい」と言った。
「カカシも早く食べてみて?」
 かき氷は暑さとの勝負だ。みるみるうちに原型をなくしてしまいそうなそれを見て、約束を守るべく、カカシもスプーンに手を取った。かき氷なんていつぶりだろうか。

「二人で食べると美味しいね」
 そう言って、は嬉しそうにかき氷を頬張った。

 確かに、二人で食べると美味しい。確かにそうだとカカシは思った。
 と食べるなら、例えこれが、今食べているさっぱりした柑橘系ではなく、イチゴや宇治金時の練乳がけだったとしても、美味しいと思えるような気がしてくる。

、誕生日おめでとうだね」

 さり気なく呟いた言葉に、はありがとうと微笑んだ。

 プレゼントをここで開けるべきか、家で開けるべきか、真剣に悩むの姿は普通の女の子そのものだった。

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