男同士の会話というのは時に幼稚だ。そして、この手の話題においては、野卑な言葉も平気で飛び交ったりする。気乗りすれば多少は加わることもあるが、大抵聞き流す事が多いもの。
ある男は俗に言う『隙がない女』を崩すのが趣味だと言う。次は誰それを狙うだの下衆な事を自慢げに話していた。その女はやめとけとさっきまで全く話題に加わることのなかった男が口を開いた。「お前知らねーの?」と小声で言うと、ちらりと目配せした。
「じゃ、お疲れ」
カカシは何食わぬ顔で、むさ苦しい男ばかりの上忍待機室を後にした。
少しばかり寄り道をしてカカシが自宅へ足を向けると、こちらに向かってきたのはだった。手には買い物袋をさげていた。
「あのね、一緒に夕食でもどうかと思って……」
遠慮気味にそういうのは、いつもの事前告知がないからだろう。彼女にしては珍しい事だが、断る理由もない。カカシが部屋に招き入れると、いつものように「お邪魔します」という声がした。
「今日は何を作るの?」
カカシの問いかけを背中で聞きながら、台所に立ったはさっそく買い物袋の中身を出しながら言った。
「今日は、カカシさんの好きなナスのお味噌汁と、豚の生姜焼きです」
豚の生姜焼き。
空腹にはもってこいの疲労回復料理だ。丸三日任務に出ていたのを知っての事か、単なる偶然か。
すっかり慣れた様子で台所に立つ。その様子を見ていると、どうしても試したくなってくる。
「カカシさん?」
「ん?」
「今から料理、なんですけど……」
「このまま作ってくれたらいいよ」
「このままじゃ、作れないです」
は豚肉を一先ず冷蔵庫に入れようと、カカシが腰に回した腕にそっと手を添える。
「あの、……」
「どうしたの?」
「お腹……すいてないんですか?」
は少し困った顔をして、カカシの方をじっと見つめた。
「いいや、ぺこぺこだけど」
「じゃあ、」
「どっちも空腹な場合は、優先順位があるんだよね」
「……もう」
は若干の恥らいをみせた。そして、観念したかのように、カカシの方へ向き直った。
「ん、……」
唇が触れ合えば、何ともいいがたい声が耳に届く。
隙がない女とは、どこの阿呆が言った事か。
カカシは心の中で毒吐きながら、目の前の果実のような香りに酔い痴れた。わずかに漏れる吐息も逃すまいと、より深い口付けを交わすと、薄っすらと目を開けたと目が合った。まるで最終確認をしているかのようだ。
台所から遠ざかり、目的地にたどり着く頃にはの服はほとんど意味をなしていなかった。追い立てたキャミソールは辛うじて胸元でとどまっていて、その下の物は意味もなく、そこにとどまり続けていた。のなめらかな肌に何度も触れ、その感触を精一杯楽しんだ。
「ん、…………あ、やっ」
「やめようか」
いつもの意地悪な言葉に、彼女は眉を寄せて無言で抗議するのだが、今日は少し違っていた。
「や、めないで……」
熱っぽい視線と共に、消え入りそうな声でそんな事を言われたら、どんな男でも要望に応える他ないと思うはずだ。
胸から始まり、脇腹や太ももを線を伝うように、何度も往復しながらタイミングを伺った。指先でするりと撫でればもう後戻りはできない。時折漏れる彼女のくぐもった声が思考を鈍らせそうだった。カカシが自分の方へ彼女の腕を回してやると、は遠慮気味に抱きついた。
「っ、……恥ずかしい……」
いつの間に?—— そんな彼女の声が聞こえるかのようだった。すっかり顕にさせられた上半身を隠しているつもりらしい。こんな時にお願いするのは一つしかない。
「じゃあ、脱がせてくれる?」
「………………うん」
「あれ、今日はやけに素直だねぇ。どうしちゃったの」
「どうもしてない、よ……」
だが、ぴったりくっついたインナーを脱がすのは一苦労のようだ。大人しくしていればもう少し上手く脱がす事ができるのかもしれない。「や、めてよ」と吐息を混ぜながら、呟くに「それは無理」と、カカシは当たり前のように手を休めることはなかった。視界のすぐそこにこの柔らかいものがなければ多少はじっとしていられるかもしれない。カカシのインナーが半分くらいめくれ上がったところで、は諦めの表情を見せた。まるで拗ねた子供のように口元を歪める。そんな彼女が可愛くて、ついつい意地悪したくなるのは、男と言う生き物がつくづく幼稚だからだろう。
すっかり戦意喪失してしまったのか、こんな事をしている間にも、の気分はすっかりいつもの調子に戻ってしまいそうだった。カカシは根負けしたように自らそれを剥ぎ取った。
「あー、オレが悪かったから。これで許してくれる?」
そう言って再び唇を合わせると、彼女も答えてくれる。かすかに上気した表情ととろんとした瞳に見つめられれば、これから先のことは赴くままになっていまいそうだ。わずかばかりの理性を保ちつつ、カカシは彼女を見つめ返した。
再び彼女に手を這わせ、下腹部からその先へ向かうのはたやすい事だ。
「ん……」
「大丈夫?」
僅かに彼女の顔がゆがむと、カカシは思わずそう問いかけた。ゆっくりと息を吐いて、が頷いたのを確認する。
できることなら、いつまでもこうしていたい、そんな思いと共に、それ以上の何かがじわりじわりと押し寄せた。
「っん、…………はぁ……」
次第に間隔が狭まっていく熱く艶かしい彼女の吐息。
それを聞くのは初めてではない。
なのに、いつも初めて耳にしたかのような、高揚感をカカシに味あわせる。
初めはの中になじませるようにゆっくりと、そして、徐々にその動きを変えながら、カカシはの反応をみていた。温かい例えようのない感覚をしばし堪能する。
「んっ、はぁ……っあ、カカ、シさ」
不意に名を呼ばれ、カカシはの瞳を見つめた。
「ん……なに?」
「あの、ね……んっ」
「うん?」
「私、の事……き?」
もう一度ちゃんと聞いてみたい気がしたが、その余裕も僅かだった。
好きか嫌いかなんて聞かなくてもわかるような気がするものを。そう思いながら、カカシは口を開いた。
「ん、好きに決まってるでしょ」
そう言うと、は嬉しそうに目尻を緩め、「私も」と声になるかならないかという瀬戸際で呟いた。
すべてが満たされていると思える。
この幸福感に優るものがあるとすれば、それは何だろうか。
ふと、カカシはそんな疑問を抱いた。そして、それはきっと、彼らにはきっと分かり得ないことだろうと思った。その答えに一番近くにいるはずの自分でさえ分からないのだから。
徐々に荒くなっていく呼吸と息づかいが不安定に彼女から漏れ出してくる。
「はぁ…‥んっぁ、あっ……んっ!」
ある一点を攻めるとの体がびくっと跳ねた。
「ここ、いいの?」
「あっ……んっ、聞かな、いっでっ……」
カカシの背中に回した腕に力が入った。それと同時に、の中も伸縮するように締まるのがわかり、カカシは一瞬動きを止めた。
「ちょ、もうちょっと力抜いて」
「んぁ……ごめ、っでも……んっ、……」
は首元に回した腕の話だと思ったのか、僅かに胸元の圧迫感が緩んだ。空いた隙間からは空気が入り、肌と肌が密着したり離れたりする音が耳についた。僅かに汗ばみ初めた体はしっとりとしていて、吸い付いては離れてを繰り返す。そのたびに、カカシの胸板にはの柔らかな乳房がダイレクトに触れる。それすらも快感の一つになっているのか、は僅かに腰を引いた。そして、それをまた手繰り寄せるように、カカシはを抱き寄せる。
「はぁっ、ん……あっ、カカ、シ、もう」
「ん、……もうちょっと、我慢ね」
緩やかだったそれは、いつの間にかより強いものへと変わっていった。ベッドの軋む音、汗ばんだ額に張り付いた前髪。
このときばかりは、はカカシの名を呼び捨てにする。それは、多分無意識で、それはカカシにとって、なんともいい難い至福の時でもあった。
艶やかな声と共に快感の波が襲う。
全身を使って快楽に身を委ねるように、はより密になるようにカカシに抱き腕を背中へと絡ませた。
「ぁっ、んっ……カカ、シ、いい?」
いいか悪いか—— 。そう言われれば、いいに決まってるし、もっと別の意味であったとしても、それを止めることは困難だ。ねえ、どっちなのとでも言いたげに、彼女の艶やかな唇から熱い吐息が漏れた。
早くそれを迎えたくて堪らないのに、名残惜しくなる。
「、」
ギリギリのところで攻防を繰り返し、カカシの切なげな吐息と共に、の腕が力無くベッドに沈んだ。
「、生姜はどれくらい入れるの?」
「たっぷりめでお願いします」
「たっぷりめね、りょーかい」
カカシのフライパンを握る手は慣れたものだった。
肉が焼ける香ばしい香りが換気扇に吸い込まれていく。
世間で言う夕食時はすっかり過ぎていた。
なぜが、アパートで待っていたのか—— 。
その理由はカカシには想像がついた。
情事の後はうとうとしてしまうがポツリとカカシに言った。怒らないで聞いてね、と。
「男の人は、結局は誰でもいいって……本当なの?」
さっきまでの事はどこかに置いてきたかのように、は不安気な顔をした。
「それは人によるんじゃない」
至って冷静なカカシに、は目に見えて落ち込んでみせた。
「オレは違うけどね」
「……本当に?」
「なんなら、もう一度試してみる?」
「それは、遠慮します……」
男の話は時に幼稚で下衆だと思うが、女の世界ではさまざまな憶測がひしめき合っているようだとカカシは思った。
「一応聞いておくけど、誰があんな事言ったの」
「……先輩。その先輩が、……その気になれば、寝取れるって、」
「誰が、誰を」
「え、……それは、その……、先輩が」
ちらりとカカシの方を見たは黙り込んでしまった。
に良くも悪くも影響を与えている“先輩”とやらが誰なのか、カカシには大方の予測がついていた。勘違いも甚だしい話だ。
「なるほど。オレってそういう感じなの?」
「あっ、違うよ? 私はそうは思わないけど、先輩はモテるし、私の目から見たって魅力的だと思うし……」
だから、彼女はせめて胃袋だけは掴もうという魂胆だったようだ。何だかんだでそのくノ一に応戦していたのだ、彼女なりに。
だが、そんな心配は全く必要ない事を彼女は分かっていない。
カカシもまた、と同じくして寄り道をしてきた。生憎、その家は留守だった。その家の人物は今、カカシの隣でナスの味噌汁を作っている。
「カカシさん、残り二つはどうしようか?」
「明日に残しておけばいいんじゃないの?」
「あ、そうだね。明日ね」
それだけで、十分証明できているのだから。
醤油の甘辛い香りと共に、炊きたてのご飯とナスの味噌汁がテーブルに並んだ。
『なぜ、豚の生姜焼きなのか。』
それは、愚問だと言えるのか。
「ってさ、あれだよね」
カカシは豚の生姜焼きに箸をつけた。
同じくそれを頬張っていた彼女は何の話だと言いたげにカカシの方を見つめた。
「オレ、のそういう所、結構好きだよ」
その言葉を耳にした彼女は、恥ずかしそうに俯いた。