今日は、奈良一族毎年恒例行事、『紅葉会』。
 年に一度、一族が集う決起会。
 奈良一族の繁栄と今後について話合う会—— と、聞いている。


 そして、ついに私もその会に参加する日がやってきた。二十歳になる年、参加資格が与えられる。所謂“オトナの仲間入り”というものだ。一昨年も昨年も参加資格はあったが、運悪く風邪を引いたり用事があったりと機会を逃した事もあり、私はこの日をとても楽しみにしていた。
 しかし、
 この光景を見ていると、決起会というよりも、ただの宴会、飲み会か……。それは、私が想像したものとは大きくかけ離れていた。


「初めて手をつないだ時が三歳、それがもう二十歳過ぎ。オレも歳取るわな」
「七五三の時だったか、初めてオレを見た時泣いたの覚えてるか? 綺麗な着物着せてもらって今から写真撮るって時に大泣きしてな〜、懐かしいぜ」
「あ、このまえ八百屋で値切ってたろ? さすが、おばさんの娘だな」
「お袋が新しい料理本入れてくんないのかって言ってんだけど、どう?」


 いつもの店である『楓』に着いた私は、今回は初参加ということもあって隅の方で大人しく幹事の手伝いをしよう、そう思っていた。とりあえずお酌に回ろうと乾杯用のビールを手にした。
 事の始まりはここからだったのではないかと思う。

ちゃん、そんな所に居ないでこっちに来なさい、お酌なんてしなくていいのよ〜!」
 おばさま達に促され、入り口に居たはずなのにあれよあれよと上座の方へと追いやられ、私はいつの間にか床の間を正面に、長テーブルのど真ん中を陣取っていた。
 シカマルほどの頭脳を持っていれば、私もどこそこのおじさん、お兄さんだ、とすぐに分かるだろう。まともに顔を合わすのは年単位。奈良一族特有の黒髪、任務帰りに直行したのか忍服。おまけに揃いも揃って強面。似たような風貌で話しかけられ、正直な所、今、語りかけているのが誰なのかさっぱりだった。


が生まれた時は、そりゃもう可愛くってな」
「そうそう。親父さんもメロメロなんですよ、わかります?」
「皆で写真撮ろうって事になったんですけど、大所帯なもんで、ほとんど顔が見えなくって。腕に抱かれてるもんだから尚更」
「なんせ、一族で久しぶりの女の子なもんで、蝶よ花よってなわけでして」


 そんなことを代わる代わるやって来て熱弁する親戚のおじさん達。私はそのおじさん達の話を耳にし、顔から火が出るほど恥ずかしかった。目の前ですっかり食べごろを迎えた鍋が煮詰まる様子をひたすら見つめていた。酒と話に夢中になっている目の前の方々は、ここの鍋が絶品で高級であるということを失念しているらしい。とりあえず、器に分ける。ひたすら分ける。これが仇となったのか隣に座っていたおじさんがとんでもないことを言い出した。

「お、、気が利くな。さては……、なるほど、悪くはねーな。悪くわねーがなぁ……」
 おじさんは何とも言えない表情を浮かべ、開始からずっと聞き役に徹している目の前の御仁を見つめた。私は何も話していない。ただ鍋の具を取り分けていただけだ。それなのに、なぜ?
 おじさんの言わんとする事が手に取るようにわかり、私は言葉に詰まった。

 そんな話をしていると、盛大に咳き込む声が少し奥のテーブルから聞こえた。わっと笑い声が上がる。上座に腰を降ろした時からすっかり本家のご子息の存在を忘れていた私は、慌ててそちらへ視線を向けた。だが、彼は視線を合わせるどころか珍しく顔を真赤にして「違いますよ」と言って、無心に枝豆を剥いている。どうやらあちらはあちらで何か重大な問題が起きているようだ。幸いにもさっきの話は周りには聞こえていないようだった。


はね、いい子なんっすよ〜。何がどうって言われるとあれですけど、いい子なんっすよ」
「任務帰りで汚れてるっていうのに、抱きついてきてくれたっけ……」
「鹿達もわかってるんでしょうね、初対面の時なんか自ら寄っていったんですよ? オレなんかせんべい持っていかないと見向きもされないってのに」


 私はまたもやぐつぐつと煮えたぎる鍋に視線を落とした。あと数分でくたくたになってしまうであろう白菜やとろとろの長ネギに気付きながらも、皿に移すという事もできずに、ただ見つめるばかりだ。気づけばオレンジジュースも空になっていて、タイミングよくやってきた店員さんに私は慌てて声をかけた。「あ、すみません、これと同じものお願いします」と、メニュー表の写真を指さした。ただひたすら目の前の鍋を見つめている事に気がついているのかいないのか、隣に座るおじさんが私にだけ聞こえるよう、こそっと囁く。

、今だ」
「え?」
「大事なお客様に手酌させるわけにはいかねーだろ?」

 と言うが、周りのおじさん達がここぞとばかりに目の前の御仁に酒を進めているから問題ないようにも見える。
 そうしている間に店員さんが熱燗を持ってきてくださった。
「ほら、行ってきな」
 これはそういう事だろうか。両者から後押しされた私は緊張しつつ、意を決したように席を立った。「熱いから気をつけてね」という店員さんの笑みに何度頷いたことか。そんな私をおじさんは赤べこのようだと言った。




 そもそも、これは決起会ではないのか。
 それを問うたところで仕切り直しになるわけではない。
 そもそも、私は火影様も招待する習わしがあるなんて聞いていなかった。聞いていればもう少しお上品な服を着てきたかもしれない。どうせ身内しか来ないんだからと普段着を用意してしまったのだ。六代目様が来ると知っていれば……。こんな機会は滅多にないのに、ハウツー本の内容を何一つ実行できそうになかった。突然のことにも対応できるようにもっと女を磨くべきなのだろうか、と、気を紛らわすためか、今考えなくてもいいような、どうでもいい事ばかりが浮かんだ。
 今の問題はハウツー本の効果ではない。どうやっておじさんと六代目様の間に割り込むかである。そんな時、またしても奥の方で盛大に咳き込む声がした。私が席を立つとほぼ同時におじさん達はある人物を見つめた。そして、新たなターゲットを見つけたと言わんばかりにそちらに耳を傾け、引き寄せられるようにそちらに向かっていくではないか。思ってみない大チャンスに熱燗と同じくらい頬が熱くなったように感じた。


「六代目様、よかったらどうぞ」

「ん? あ、じゃあお願いしようかな」

 直前までおじさん達の話に付き合っていたのに、六代目様はすぐにこちらに気がついてくださった。ほんの少しのこと。なのに、それだけで私は胸を高鳴らせた。

「すみません、おじさん達だけで勝手に盛り上がっちゃって……」

 決起会。きっと六代目様もそう聞かされていただろう。それなのに、まさか両サイドから私の幼少期の話をひたすら聞かされるなんて、六代目様は想像していなかったに違いない。かくいう私も、まさかおじさん達があんな思い出話をするとは思いもしていなかった。その勢いと言えば、幼少期の出来事をそっくりそのまま切り抜いて見ているかのような話しっぷりで、その話の鮮明さに「恥ずかしいのでそろそろやめてくれませんか?」と言うタイミングをすっかり逃してしまったほどだ。

「楽しそうだし、いいんじゃない?」
「そうですか?」
「“おじさんたち”の知らない姿も見れて、オレは結構楽しいよ」
 そっか。六代目様が楽しいなら、いいのかな。
 そう思いつつ、私は六代目様のお言葉に疑問を持つ。
「知らないって?」
「あ、そうか。が知らないのは当然か」

 気にしないで、と六代目様は御猪口を手にとった。『楓』でいつも使われるそれ。特別でもなんでもないはずなのに、六代目様は御猪口の底をじっと見つめた。

 今、六代目様の目には何が映っているのだろう。

 そう思うと、その横顔から目を離すことができなかった。



□ □ □




 これは絶対に決起会ではない。
 私が心の中で断言したのは何時だったか。

「それでカカシさんに助けて頂きましてね、うっ、僕は今ここにいるんですよ……僕はね、皆に感謝、うっ」
 泣き上戸が完成したり、
「シカマル、お兄さんが一つアドバイスをしてやろう……冷やかし? んなわけないだろ、アドバイス……ブッハハ!」
「カカシー飲んでるかー? たまにはぱーっとしないと石頭になっちまうぞ? ははっ」
 笑い上戸がシカマルや六代目様に絡んだり、
「もう、限界……おやすみなざい」
 畳の上に寝転がる脱落者がでたり、
「それでね、うちの子ったら」
「ま、そうなの?」
 眠りに落ちた酔っぱらいの横で、普段と変わらないおばさま達の井戸端会議が繰り広げられたりしていた。

 当然、この頃になると煮えたぎっていた鍋の火はとっくに消えている。途中、茶碗蒸しや唐揚げ、焼き鳥など、誰が注文したのか分からないサイドメニューが登場し、私の目の前には次から次へと料理が運ばれてきた。おばさん達の「こういう時こそしっかり食べなさいね」というやや強引な親切心にも六代目様は嫌な顔一つせず、にこやかに対応していた。

 そして私はと言えば、ちゃっかり六代目様の隣に居座ったまま、オレンジジュースに口をつけるを繰り返す。時折、接待らしいことをしようと六代目様に酒を進めるのだが、「まだ残ってるから、ありがとうね」と徳利を見てやんわりと断られた。六代目様の隣に居るせいか、頬が燃えるように熱かった。やがて役目を終えた鍋はさげられ、見つめるものがなくなった私はグラスの縁を眺めていた。


、何が食べたい?」
 不意に六代目様は取り皿を取ってこちらを見つめた。
「え?」
「さっきから飲んでばっかりみたいだから」
「そんな、六代目様! わ、私、お取りします!」
 私は慌てて取り皿を取った。おそらく木ノ葉の里、火の国で一番気が利かない女だろうと思う。火影様の隣に居ながら、ベストポジションに居ながら何をしてたんだ、と思う。胃の中をオレンジジュースで満たしている場合ではなかったのだ。
「オレの方が近いし、そこからじゃ届かないから。無理しなさんな」
 好き嫌いは?と聞かれ首をふると、六代目様は少し考えながら2、3品取り分けてくださった。しかし、これではまるで、まるで……
「まだまだお子ちゃまだな〜」
 そうだ、これではまるでお子ちゃまだ。ぐうの根もでないことを言ったのはもちろん六代目様ではない。それは、シカマルに向けたであろうおじさんの一言だったが、どうにも私の心に響いて仕方がなかった。


「あ、なんか嫌いなもんでもある?」
「い、いえ、ありがとうございます。…………気が利かなくてすみません」
 相変わらず騒がしい店内。最後の方はほとんど聞こえていなかったはず。私はそう思っていた。それからは他愛もないことを話していたと思う。
 その話の延長か、六代目様はぽつりと呟いた。

「時々、火影室に手紙が届くことがあってね」
「お手紙が?」
「まあ、大半はお叱りだったりアドバイスだったりするわけだけど、たまーに、オレ宛じゃないのも紛れ込んでたりするわけよ。あ、もちろん宛名はオレだけどね」
と、六代目様はちらりとこちらを見つめた。
「題名もわからない本を見つけてくれたこと。車椅子を押してずっと本を探すのを手伝ってくれたこと。本を見る間、子どもの相手をしてくれたこととか、他にもたくさんあるんだけど、頼まなくても気がついてくれて嬉しかったって。」
 たぶん、木ノ葉図書館にはこんなすてきな職員さんがいますよ、っていう報告なんだろうね、と、六代目様は目元を緩めた。そんな六代目様に私は視線を合わせられず、俯いた。恥ずかしいんだか嬉しいんだかわからない。相変わらず頬は熱いままだった。


 それからは、六代目様に取り分けて頂いた料理を味わった。さすがいつもの店『楓』。どれも美味しい。六代目様はお酒を飲むとあまり食事をしないのだろう、そう思っていたが、思い立ったように六代目様は串揚げを手にとった。
が美味しそうに食べるから、オレも食べたくなってきてさ」
と、言って。私の心臓の高鳴りは最高潮に達していただろう。ドキドキを通り越し、ばくばくするのだ。どうにか落ち着きたいと思った私はオレンジジュースに口をつけた。頭がくらりとした。


「ところで、さっきから同じもののようだけど、何飲んでるの?」
 六代目様の視線が私のグラスに集中した。
「あ、オレンジジュースです」
 その瞬間、六代目様は串揚げを食べる手を止めた。
「それ、オレンジジュースじゃなくない?」
「そんな事ないですよ」
「どれ注文した?」
「ええと、あ、これです」
 メニュー表を指差すと、六代目様は眉を下げた。
「……さ、酒が苦手ってことはないよね?」
「えっ、どうしてわかったんですか?」
 この時の六代目様の顔は少し焦っていたように思う。おそらく、途中まではオレンジジュースだったのだと思う。どうやら私はどこかで注文を間違えたようだ。しかし、一体どの段階でオレンジブロッサムをリピートしてしまったのか、わからなかった。言われてみればアルコールの風味が残っている気がする。
「でも、これくらいなら平気ですよ」
 私は六代目様の顔を見て、ははっと笑った。






—— と、気がつけば私は誰かに肩を叩かれて、腕をつかまれて、手を引かれる形で座敷を後にした。「、起きてるかー?」とか「おやっさんには黙っとくからな」とか、そんな声が飛び交っていたような気がする。

 ここはどこだろう?
 どこへ向かっているのかな?

「ごめんなさい、酔っ払ったつもりはないんです、ほんとに」
 私は隣の人、シカマルの導くままとぼとぼと歩く。
「それ、酔っぱらいがよく言うセリフ」
 困ったような控えめな笑い声が心地よく耳に残る。
「そうかな〜? でもね、凄く楽しかったな。私、カカシさんの隣に座って、でも飲み物ばかり飲んじゃって」
 ハウツー本なんて読んだって、ぜんぜん上手くいかない。本当は、六代目様をきちんと接待して、帰りもお見送りしたかったのに。
 気を抜けば瞼が落ちてくる。まっすぐ歩いているのに、「もうちょっとこっちに来ないと。側溝に落ちるから、ほらほら」と言われる。
 ほんとすみません、ご迷惑おかけしまして。もうひとりで帰れますから。と、何度も同じような言葉を繰り返す。
 こんな恥ずかしいことにならないように、オレンジジュースにしておいたのに……。
「ほんと、はずかしい……」
「ん?」
「だって、みっちゃんは興味ないかもしれないけど、私にとっては、カカシさんは最高に素敵な人なの」
 だから、いつもどきどきするんだと思う。
 例え、みっちゃんが—— 、図書館の同僚が六代目様に全く興味を示さなくとも、私はそうではないのだ。
 相変わらずぐわんぐわん揺れ続ける脳みそに浮かぶのは、御猪口を見つめたカカシさんの横顔だった。
 そういえば私、カカシさんにさよならって言ったっけ?

「やっぱり私、戻らなきゃ」
 はたと立ち止まると、うぉっと妙な声が降ってきた。
「……あのね、。」
「うん?」
「忘れ物なら後で持ってくるから、今日は帰るってのはダメ? 気づいてないかもしれないけど、もう、玄関の前なのよ」
 またしても困った声でそう言われ、不思議に思い顔をあげると、見覚えのある玄関が現れた。私の家の玄関にそっくりだ。
 でも、でも……。
「忘れ物……、じゃあ、悪いんだけどね、後でカカシさんにさよならって伝えておいてくれる? それから、ありがとうございました、って。」

「わかった、伝えとくよ」

 きっとその言葉で安心しきったのだろう。私の瞼はついに限界を迎えたのだった。


 翌朝。突如、棍棒で殴られたような頭の痛みで目を覚ます。そしてその痛みは母親の長い小言で益々ひどくなった。「もう、覚えてないの?」という呆れた一言から始まり、帰ってくるなり靴を履いたまま玄関に寝転んだりとにかく大変だったと何度も言った。
「それに、母さんてっきりシカマルくんだと思って、お化粧も落として、パジャマのままだったのよ。カーディガンは羽織ったけどね? でも、まさか六代目様が送ってくださるなんて思わないもの」

Act.4 酒は飲むべし、飲まるるべからず