蓼食う虫も好き好き

※ 粗暴、中傷、性的な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。(内容はコメディです)[戻る]


 何を間違えてこんなことになったのか、は目の前の男を睨みつけながら考えていた。
 五代目火影から仰せつかったのは「大名の娘を護衛する」と言うよくある話しだったのだが、こいつら……そう、目の前の敵の忍達は何を間違ったのか、木ノ葉のくノ一を人質にしたのだ。大名の娘はといえば、今頃のうのうと火の国の宿でのんびり昼寝でもしているに違いない。やけに遅いくノ一を待ちながら。


 忍が任務の中でもっとも面倒と口を揃えるのがこの「大名」に関する事柄だ。なんせ彼らは危機感というものがまるでない上に、同じ人間と思っていないかのように、ああだこうだと忍をこき使う。そして、この大名の娘というのがまた厄介で、命の危険があるというのにひと目がつくような街中で買い物がしたいだの、アイスクリームが食べたいだの言う。しかも、そのアイスクリームのてっぺんを食べると余った下のコーンは要らないと言うのだ。「あなた食べる?」なんて言われても誰が好き好んで人の食べ残しを食べるものか。それを拒否すると「あっそう」と言ってコーンを投げ捨てる。それで今度はソフトクリームが食べたいと言いいだすのだ。そんな事を五回も六回も繰り返せば誰だって頭に来るだろう。が「食べ物を粗末にするのはいかがなものかと思いますよ?」と言ったのがまずかったのかは知らないが、「わたくし、もう宿に帰ります」とか言い出した。さっきからちっとも前に進んでないっていうのに。そしてその父親である大名というのもかなりの面倒な人物だった。前回の任務ではもっと可愛いくノ一をよこせだの言い出し、自分の思うようにいかないとわかると報酬はなしなどと言い出すのだ。そんな大名様にへこへこしながら媚を売るというのが、はもっとも嫌いな事であったが、五代目直々に任務を言い渡されればどんなに不満があっても飲み込むしかない。それに要人護衛はAランク。そこそこ報酬も良いはずだ。
 だが、指示通り一般人っぽい服装で火影に出発の挨拶をした時に「いいか、お前は黙って大人しく大名の娘のそばに居るだけでいいんだ、黙って大人しくだぞ」と言われたのをはすっかり忘れていた。



 どんな情報を持って帰ればこんな事態が起るのかわからない。フォーマンセルのがたいのいい男達は「いたぞ、こいつだ」なんて言いながら一人のくノ一を罠にはめようと必死になった。もちろん、そう簡単に罠にかかるようなくノ一が居るはずもなく、大の大人、しかも男四人でてんやわんやしながらなんとか仕留めたのが木ノ葉のくノ一、だったのだ。
 流石に男四人に女一人はひどい話だと思いながら、はボロボロになりながら近寄ってくる男を睨みつけた。「まあまあ落ち着きなよ、この団子食べる?」なんて言い出すのだ。誰が好き好んで敵の、しかも食べかけの団子を食べるか。「おかしいな、食べるのが大好きってかいてあったのに」なんて言っている。そして何を思ったのかの手に団子を握らせようとしている。食べにくいだけだと思っているようだがそんな次元ではない。相手の身体の事をとやかく言うのは失礼と承知の上だ。黙っていられるわけがない。何しろ、日向家のお嬢様のように品が良いわけではないはつい口走った。
「汚ねー手で触んな、このクソデブ!」
 思わずそんな言葉が飛び出すのは理由があった。は先程の大名の娘の護衛でイライラしていた。だいたい、忍をしていながら秋道一族のような特殊な一族でもない一介の忍にこんな巨漢がいること事態おかしい話だ。しかも、顔も好みでないし、汗臭いし、さっきの小競り合いでぜいぜい息が上がっているしでとにかくはっきり言って気持ち悪いの一言だった。
「つーか、こいつ大名の娘じゃなくね?」
 四人のうち一人が今頃になってこんなことを言い出した。どうしようもないバカと言うのはどこにでも居るらしい。てんやわんやなんとか捕まえたはいいが、が木ノ葉の忍と知ると青ざめた顔で緊急会議を初めた。「どうする、木ノ葉の忍だって」などとブツブツ言っているのだ。彼らが青ざめるのは無理もなかった。火の国で起こった騒動に自国の忍者が来ないわけがない。
「お前、声がでかすぎなんだよ」
と、呆れた様子でそう言ったのはも見たことがある木ノ葉の忍だ。どうやらさっきの言葉は彼らの耳に届いていたようだ。見たところ彼らは別件でここを通過しようとしていたらしい。
「あーあー、罠になんかはまっちゃってかわいそうに」
と、これまた見たことのある忍が言う。
「先輩、そんな言い方したら可哀想ですよ、一人だったんですよ、彼女」
 そして見たこともない忍が呟いた。そんな事を言いながらテキパキとビビりまくっている敵の忍を拘束していく。そんな事をしている傍ら、あのやたら脂肪を蓄えた敵の忍はまだ器用に逃げ回っていた。当然捕まるのは時間の問題である。そうこうしていると、木の幹につまずいたのか、の方へよろよろと倒れ掛かってくるではないか。こいつには体幹がないに違いないとは思った。
「だから近寄んなって言ってんだろ、このクソデブが!」
 そう言って自由になった足で蹴り上げると前に倒れて動かなくなった。自分の体重で自分を地面に叩きつけるという追い打ちをかけたらしく、気絶している。やっと手も足も自由になり、背伸びをしたのだが、さっきの蹴りで膝と太ももがおかしくなったらしく、自分もあの巨漢と同じようによろよろと歩く羽目になってしまった。そんなにいち早く気付いたのが名もわからぬ忍だった。その様子を一通り見ていた忍が呟いた。数年前、中忍試験で監督をしていた特別上忍の不知火ゲンマである。
「いいかげんその言葉遣いどうにかなんねーのかよ」
 指摘されるのはこれが初めてではない。なんでも顔と言葉遣いがミスマッチすぎるらしい。もちろん自分でも気をつけているつもりだが、こういう状況、つまり頭に血がのぼるとどうにもこうにも抑えられないのだ。「ほんとだよねー。ま、クソはともかく、デブって言うのには納得だけどさ、おーい、いい加減目ー覚ましなさいよ。参ったな〜重いんだよ、君」などと言いながらカカシと言う上忍はもう一人の敵の忍から情報を聞き出していた。

 の父は大工だった。よくある話だが、母はが小さいときに他界しておりは男で一つで育てられた。「お前は俺と違って頭の出来がいいからな」なんて言いながら勢いでアカデミーを受験させたのが悪かったのかもしれない。根っからの職人家系のにも忍のセンスがあったらしい。なんとかアカデミーに入学できたはいいが、有資格者の殆どが男という忍の世界を目指したばかりに、の男勝りな言動は日に日に悪化した。「せっかくかーちゃん似で安心したのによ……いったい俺はどこで間違えちまったんだ、あんなんじゃ嫁の貰い手も……」と事あるごとに呟いているのをは知っていた。男性ホルモンの塊のような毛深いクマのような父がメソメソしている姿をみれば多少は気を使うのが子供というものである。だが、考えてみれば、小さいときから父のような言葉しか聞いてこなかったのだ、すぐに正せるものではない。


「大丈夫ですか?」
 声をかけてきたのはちょっと変わった額当てのようなものをつけている忍だった。が思うに、自分よりも六、七歳は年上と言ったところだろうか。
「え、ああ、ありがとうございます」
 助けてもらったのだ、とりあえず礼を言うのが筋だとは思った。その一言に「いえいえ、どういたしまして」と律儀に返しながら肩を貸す男には身を委ねるほかなかった。
「っていうか、あのデ……大名様の娘様は?」
「彼女には今別の忍が対応してるから大丈夫だよ」
 その言葉を聞き、はその忍を哀れんだ。なんせ今夜は旅館の料理だけでは飽き足らず、高級焼肉と寿司をはしごして食べたいなどと言っていたからだ。寿司と焼肉屋、ぜんぜん逆方向だというのに。
「さて、そろそろ行きますか」
「え? ちょっと下ろしてくださいよ、っ痛ったー!」
 暴れたのがいけなかったのか、右足にビリビリとした痛みが走った。
「腸脛靭帯の損傷だね。あんな巨漢を蹴ったりするからだよ。足首がまともに動くだけ奇跡だよ、まったく」
「は? ちょ、ちょうけ?」
「ちょうけいじんたい。太ももと膝裏怪我してるからこうするしかないでしょう?」
 そう言いながらこの男はを背負って移動し始めた。すると不意にその男の手がの尻と太ももの間に当たった。
「おい、尻を触るな」
「し、尻って、僕だって触りたくて触ってるわけじゃ……ち、違うんですよ先輩、本当に足が持てないだけなんですよ、ちょっと聞いてます? あだっ、君、手をつねるのは止めなさい!」
 聞いてもないのにそんな事を後ろに居る二人に投げ掛けている。そんな言葉を聞いて「セクハラはまずいんじゃないの? テンゾウ」というのはカカシという上忍だ。「オレ、セクハラで訴えられて綱手様に半殺しにされた奴知ってるぜ、あいつ今も入院してるんじゃねーかな」などとゲンマが言った。その言葉にこのテンゾウという男は息を呑んだ。
「僕は本当にセクハラをしてるわけじゃないからね? ちょっと君、聞いてるかい?」
 必死にそう呟いているが、前を向いてほしいとは思った。じゃないと大木に正面衝突してしまいそうだったからだ。だが、この男はそんなものは関係ないといった様子で器用に避けながら通り過ぎていく。そんな様子をが感心したように見ていると、今度は手の甲が尻に当たった。
「とか言いながらさ、ほんとはスケベなだけなんじゃないの?」
「助けてもらってその態度ってどう言うことだよ、しかも先輩に向かってタメ口って……」
「先輩って言われてもね〜、名前も知らないし、あ、テンゾウだっけ?」
「僕の名前はヤマトだよ、テンゾウって言うのは、まあ、とにかくその名で呼ぶのはよしてくれよ」
「だから、さっきから尻にさ」
「あー、もうわかったよ、仕方ないな。ちょっとじっとしててよ」
 そう言って、このヤマト、いや、テンゾウという男は印を結ぶとするするとの身体を器用に支えた。「これで文句ないだろ?」と言うテンゾウの顔をはじっと見つめた。
「なんだい、まだ何か文句でも?」
「え、いや、水と土のチャクラを均等に練って均等に混ぜるって……こう、細胞レベルとかの話なんじゃない?」
「へー、意外だな。君がそんな事知ってるなんてね」
「知ってちゃ悪いの?」
「そんな事は言ってないだろう?」
「言ってた! ちょっとバカにしてたよね、そういうのすぐ分かんだから」
 そんな調子での文句は終わらなかった。
 だが、その殆どが大名の愚痴である。

「アイスのコーンを食わないんだったら初めからカップにしとけって感じじゃない?」
「でもそのカップを地面に捨てられたらゴミになるだろ? コーンにしとけば鳥や蟻が食べるじゃないか」
 確かにそういう事も一理あるが、そういう話ではない。
「だいたいアイス五,六個食ってさ、その前に団子何個食った? 胃袋どうなってんだよって思うわけ」
「その分店の売上に貢献してると思えばいいじゃないか」
 確かにそういう考えもあるが、そういう話ではないのだ。
「へー、なるほどね。っていうか、正論ばっかり言ってるとモテないよ?」
「そういう君は口の悪さをどうにかしたらもっとモテるんじゃないの?」
「それさ、よく言われるけどつい出ちゃうんだよね〜。嫁の貰い手もねーなってしょっちゅう言われんの」
「それって、逆に言えば口の悪ささえ直せば嫁の貰い手があるってことだろ?」
「んー、そういう事? 直んなかったら独り身確定って事になるんじゃ……」
「でもね、世の中にはいろんな男がいるんだよ、君が思っている以上にね」
 テンゾウの最後の言葉はいまいちピンと来なかったが、は「ふーん」と呟くに留めた。そんな話をしながら森の中をかけていくと、あっという間に木ノ葉の里についた。


「よく相手できるね、疲れないの? オレは無理」
 ふとカカシがヤマトに向ってそんな事を呟いた。里に着き、嫌がるを木ノ葉病院へ強制送還させた帰り道だった。ちょっと返事をしないだけで「聞いてんの?」とが文句を言ってるのを見ていたからだ。
「僕は結構好きですよ、彼女のこと。あの程度の口の悪さなんて可愛いもんじゃないですか」
 その言葉を耳にした者はこのヤマトと言う忍は果てしなく懐が深いに違いない、そう思った。だが、そうではないと誰もが気づく。「それに、恥じらいってものは、たまに見るからいいんですよ」などと意味深な事を呟いていた。


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