花火大会は恋人たちの巣窟


「言っとくが、何度見たって変わらねーからな」
 同僚であるゲンマに指摘されても尚、はそのリストを凝視していた。
 何かの手違いではないだろうか——
 はそう思わずにはいられなかった。数日前から楽しみにしていたというのに、よりにもよってなぜこの日なのだろうか。
「いやいや、負傷交代って嘘」
「嘘と思うなら、木ノ葉病院に行けばわかるぜ」
 ゲンマはそう言って、特別上忍向けの回覧板を回収した。
 が楽しみにしていたもの—— それは、火影就任祝の花火大会だった。火影の就任祝と言えば、木ノ葉の里はちょっとしたお祭りムードになる。露店もでて、浴衣を着たりして楽しむのだ。そんな中、同僚の負傷によって急遽警備班に欠員補充されたのがだ。
 
 子供から大人まで皆にこやかに木ノ葉の街中を歩いてる傍らで、は誰が見ても不機嫌極まりないとわかる様子で立ち尽くしていた。
「いつまでそんな顔してるつもりだ」
 の隣にやってきたゲンマは呆れたように呟いた。同じく彼も警備班に配属され、木ノ葉の一角を任されているわけである。
 なぜよりにもよって……、といつまでもの中で不満の火種が消えないのにはちょっとした理由があった。その理由をゲンマが知るはずもないのだが、はその不満を撒き散らすかのようにゲンマに呟いた。
「ゲンマはデートの約束とかしてないの?」
「は? んなもんしてるわけないだろ。なんだ、はデートが潰れたからそんな顔してんのか」
「デートだったら大人しくここに居るわけ無いから」
「そんなこと言っていいのか? また犬の散歩させられるぞ」
「冗談に決まってるでしょ、勘弁してよ……」
 以前、同じような愚痴を漏らした事があった。いつどこで耳に入ったのかは不明だが、「任務に不満とはいい度胸だ」と言う先代火影はとっておきの任務を用意しておいたと言って、に言い渡したのがそれだったのだ。単に中忍試験で人手不足だったというだけの話だが、「あれ、下忍に降格したの?」と知り合いに会う度にくすくす笑われたのをが忘れるはずがなかった。あれ以来、は火影に逆らわないと決めていた。だからこそ、こうして不満があっても任務についていると言ってもいいくらいだ。
「ていうかさ、ゲンマの管轄はあっちじゃなかった?」
 は裏山の方へ視線を向けた。
「いや、それを言うならがあっちだろ」
 そう言ってゲンマも裏山の方へ視線を向けた。「そんなこと、」と言いかけて、配置図を頭の中で思い返したは途端に青ざめた。
「うっそ、どうしよ、今から行っても間に合うかな、間に合うよね?」
「普通に考えて間に合うわけねーだろうが」
 あるまじき失態にの表情は不機嫌から絶望的なものに変化した。そんな彼女を見たゲンマは呆れを通り越して笑いを堪えきれない様子で言った。
「気づくの遅すぎだろ。とっくにここの配置の奴と交代させてる」
「え、本当?」
「警備に穴開けるわけにはいかないからな」
 ゲンマの様子から本当の話と理解したは心の底から安堵した。
「あー、助かった……ありがとう」
「そいつにも礼言っとけよ」
「もちろん」
 そんな話をしていると、自分たちの目の前を次々と若者達が通っていく。時折、「先輩、お疲れさまです」と非番の後輩達に声をかけられながら、不審者はいないかと目を光らせるのだが、その一方で目に留まる存在があった。思わず漏れたため息にも気づかず、はすっかり人で溢れかえった河川敷の高台を見つめた。
「そんなに不満だったのかよ……」
 不意にそう呟かれ、はゲンマの様子を窺った。この男にしては珍しく不機嫌とも取れる口調に、は少々戸惑った。
「え……いや、さすがにもう諦めてるよ。……ただ、1回くらい私も着てみたかったなーって思っただけ」
 が再び高台へ視線を向け、つい目で追ってしまうのは浴衣姿の女の子だ。
 事あるごとに仕事を任されるというのは、忍としてはいいのかもしれないが、女心としては複雑なものだ。みんなが可愛く着飾っているという日に限って、はいつも任務だった。今年こそは、なんて思っている内にそこそこいい大人になってしまった。そんな時、忍になって初めて祭事で非番が回ってきた。いつだったか思い切って新調した浴衣は今年も袋をかぶったままクローゼットに眠っている。
「さすがに今年がギリギリかなーって思ってたんだけど……」
 独り言のように呟くに、ゲンマが言った。
「今年って言っても、まだ夏があるだろ」
「そうだけど、さすがに花火大会は無理じゃない?」
 花火大会と言えばかなりの人が集まるだろう。今日のような就任祝いの花火とは訳が違う。里の外からも人が集まるかもしれないそんな時に、中忍以上の忍が遊んでいられるわけがない。

「何も花火大会じゃなくたって、着る機会は作れるって言ってるんだ」
「……まさか、ゲンマが一緒に花火でもしてくれるっていうの?」
 冗談を言うように軽い口調ではゲンマにそう言った。二人で手持ち花火—— そんなわけがない。そんなことをするような男ではないことぐらい、は知っているつもりだ。
「そのまさかだって言ったら、どうする?」
 言っておくが、今は任務の途中で警備中だ。それにもかかわらず、何を考えてるのか想像できない隣の男の言葉には様子を窺い知ろうとそちらに視線を向けだが、すぐに正面を向いた。
「どうするって、それは……」
 その声は夜空を彩る花と共に消えていく。
 そして、の視線は再び人で賑わう高台へ移った。すると、聞き捨てならない声が聞こえ、は人混みの中へ駆けていった。



 が持ち場に戻る頃には、花火も終盤になっていた。
「ひったくりの常習犯だった」
 祭事の度に警備にまわった甲斐があったらしい。顔を覚えていたのが功を奏し、被害を最小限に留めることができた。当の本人はまさかまた同じ忍に捕まるとは思いもしていなかったようだ。
「さすがだな」
 この男にそう言われると、不思議とこんな日の警備も悪くない気がしてくる。火影にお手柄と言われるよりも嬉しかったりするのだ。「そろそろ花火も終わりだな」と言うゲンマに、は「今度は夏かな」と呟いた。



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お題配布元:確かに恋だった