「へー、ここかぁ。なかなかいいところだね〜」
マンションを眺めながらは呟いた。
約束通り連れてきたものの……。
共通点は自分しかないというのに、三人で何を話すべきなのか。どうやって間をもたせるかというのが今日のの一番の課題だった。
「ただいま……」
玄関を開けると、いつものようにカカシが待っていた。
「おかえり」
その声に、の影に隠れていたが横から顔を出す。
「こんにちは。そしてお邪魔します」
愛想笑いを浮かべたは、彼の事情を聞いていないかのようだった。
そして、カカシの方はといえば、彼もまた彼女を見て顔色一つ変えはしなかった。落ちついていた。当の本人達はまったく緊張した様子はない。それなのに、はささいな段取りを忘れるほどに、妙に緊張していた。
とりあえず紹介が先だろうか。
一人暮らしでは結構余裕だと思っていたこのリビングも、大人三人が集まると手狭に感じてくる。
「あ、友達の、それで、こちらが……その話した通りで……」
「はじめまして、カカシさん」
「こちらこそ、はじめまして」
てっきりが根掘り葉掘りカカシのことを聞き出すのでは、と思っていたはこの状況に戸惑っていた。
というのも、はカカシについて一切聞き出そうとしなかったからだ。「この部屋いい眺めだね」とか「キッチン広いね」だとか、部屋のことに感心を向けていた。そんなをカカシは特に気にする様子もみせず、推理小説に目を通していた。手持ち無沙汰にならないようにと前もって本棚から出しておいたものだ。
は至って普通にこの空間に馴染んでいた。考えてみれば、だって大人だ。さすがに初対面の人にはずけずけと言いはしないようだ。一通り部屋を見回したは満足したようにリビングのソファーに腰をおろした。それを合図にはとりあえずお茶にしようとキッチンに入った。
「、これ開けてもいい?」
は紙袋の中を覗き込んだ。それはから手土産としてもらったものだった。
「うん、いいよ」
せっかくの手土産だ、ここでみんなで食べたほうが美味しいに決まってる。が持ってきたそれを皿に移し替えようと袋から取り出した。蓋を開けると、意外な物が入っていて、は少し驚いた。
「美味しそう」
いつもはプリンやらシュークリームやら好んで食べているが、なぜか今日は和菓子を持ってきていたからだ。
(近所に和菓子屋なんかあったっけ?)
の家は住宅街にある。わざわざ途中下車して立ち寄ったのだろうか。その疑問を感じ取ったように、は言った。
「実は買ってないんだ、それ」
「え、まさか、手作り?」
「はは、まーね」
「へー凄いね」
は皿に乗ったそれをテーブルに置くと、カカシは本から視線を外し、それを見ていた。
「どうしたの?」
「いや、本当に良く出来てるなと思ってね」
「そうだよね、凄く美味しそう。お店のみたい……さっそく頂いてもいい?」
「いいよ、遠慮なく食べて。そのために持ってきたんだから」
そう言っては笑った。も思わずそれにつられるように笑う。
一口それを口にいれると、もちもちした食感がくせになりそうだった。まさか彼女にこんな才能があるとは思いもしていなかった。
ふと、カカシの方を見ると再び本に目を通していたが、ちらりとこちらを盗み見たような気がした。
「そろそろお茶、入れなおすね」
キッチンに向かうと、は茶葉を入れたケースを探した。最後に入れたのは、大分前のことだった。
「茶葉の缶なら食器棚の隣にあるよ」
カカシの声がカウンター越しに聞こえてくる。
「見つかった?」
「うん」
ケトルをセットしながら、二人の様子を窺った。
カカシは相変わらず本を読んでいるし、はでテレビとスマホに視線を行ったり来たりさせている。妙な空気だと感じているのは自分だけなのだろうか。そう思いつつが二人の様子を見ていると、意外にも最初に話しかけたのはカカシの方だった。
「さんって言ったっけ?」
「はい」
はスマホからカカシの方へ視線を向けた。
「君も一人で住んでるの?」
「いえ、私は両親と三人暮らしです」
「へ〜、そう。じゃあ、これはその家族から教わったとか?」
「え? どうだったかな……テレビか本か、忘れちゃったけど」
そう言っては一つそれを頬張った。
はそんな二人の会話を聞きながら、予め用意していたクッキーやチョコレートなどのお茶菓子と淹れたてのお茶を持って、テーブルの方へ向かった。
バスで帰るというに付き添っていると、がそっと耳打ちをしてきた。
「カカシさんって普通じゃない?」
彼女はカカシの変な部分を知らない。ああして本を読んでいれば、ごく普通の男だと思うのは無理も無いだろう。帰りのバスは遅れているのか、到着時刻になっても姿を表す様子はなかった。
「がっかりしたの?」
「え、うーうん、そういうわけじゃないけど……」
「まさか、まだ何か?」
にしては歯切れの悪い返事で、はてっきりまた何か忘れたのかと思った。というのも、10分前にはカカシと共に玄関で一度彼女の見送りをしていた。「じゃあ、またね」とマンションのエントランスを通り越しバス停が見えてきた所で、急にはスマホをリビングに忘れたと言い出したのだ。慌てて家に戻りスマホを取りに行くことになり、戻ってきたばかりだった。さすがに、また走って取りに行っている余裕はない。
「もう大丈夫、何も忘れてないよ。あ、やっと来た」
数分遅れでバス停に到着したそれに乗り込んだは「じゃあね」といつも通り窓からひらひらと手を振った。それに答えるようにも手を振った。その一方で、カカシはポケットに手を入れたまま、そのバスが見えなくなるまで見ていた。
「さーて、夕食は何にしようかね」
のんびりとそう呟いたカカシは至って普通だった。のことをどう思ったのか気になったが、は黙ってカカシの後ろ姿を見ていた。
部屋に戻り食器類を片付けていると、おもたせの和菓子が一つだけ残っていた。が用意したお茶菓子も殆ど残ったままになっている。
「最後の一つ、カカシの分だけど冷蔵庫に入れとく?」
「いや、オレはもういいよ。にあげる」
「え、でも、」
いくら美味しいからと言っても、さすがに食べ過ぎだ。一つ残されたそれを見つめるに、カカシが言った。
「実は昔から苦手なんだよね」
もしかして、押し付けがましいと思われたのかもしれない。すると、カカシはが持っている皿を見つめて呟いた。
「甘い物」
「えっ?」
あんなに美味しそうに食べていたのに。
初対面のに気を使ったのだろうか。
「そういうのは、早く言ってよ……」
「まあ、いいじゃない」
そう言ってカカシは冷蔵庫の中を確認し、卵を数えると「今日はオムライスにしようか」と呟いた。