空蝉-第一章-

 翌朝、あうんの門に集まった一同は出立の時を待っていた。

「じゃあ、最後に武器の確認だ。持ち物は全てみせてくれ」
 は言われた通り、忍具ポーチを広げた。クナイ、手裏剣、巻物、起爆札にワイヤー、煙玉も用意した。二人の荷物を見ると皆似たような道具を揃えているようだった。ごく普通の忍道具だ。
 それぞれ忍具ポーチを腰につければ、いよいよ任務開始だ。

 あうんの門を一歩踏み出せば、そこは火の国、里の外。門から続く土道を歩くのは極わずか。目的地を確認しながら通るのは専ら森のど真ん中。道なき道を駆け抜ける。先頭は白眼が使えるトクマが受け持つことになった。そして、真ん中をが、そのやや左後方をアオバという三角形気味の変則的な陣形を取った。あくまでも探索、情報取集が目的だったこともあり、感知タイプ中心のスリーマンセルだった。
 このタイプは戦闘部隊ではない。だが、戦闘が無いわけではないしできないわけではない。いつ何時敵が襲ってくるかわからないという危機感は持っていなければならないが、そんなことは無いに越したことはない。それを逸早く発見しなければならないのもこの隊の目的でもある。あるのだが……。

「クマパンダは下忍の仕事だろう……」

 不満を漏らすアオバをトクマが「これも任務の内なのだから仕方ない」となだめた。一瞬何かの手違いかとも思った。今回の任務にはクマパンダを始末する仕事まで付随していたのだ。三代目火影が考えることは本当に予測できないことばかりだとは思った。
「でも、あきらかについでですよね……」
 トクマの呟きにとアオバは静かにうなずいた。白眼のおかげですぐに見つけられるし、こういった任務は下忍、中忍時代にさんざんやらされてきたこともあり慣れている。下忍が請け負うよりも早いことは確かだ。こうしてクマパンダを始末しておけば、誰かがこの森にいた痕跡を残せる。抑止効果も多少はあるということだろう。ルートを通るのならわざわざ別の隊を向かわせる必要がなくなり、その分人手不足をカバーできる。それは何となく理解できる。だが、この任務の肝は情報収集だ。こう、いつまでもどっかんばたんと大きな音を出していては全く仕事が捗らない。とりあえず、一日目は捨てるという決断に至ったのは正しい判断だろうとは思った。一応、上忍レベルの忍だ。なんだかんだ言いつつ最短ルートで第一の目的地へ向かっていた。
 そんなことをしていると時間はあっという間に夕暮れ時になっていた。少し早い気もしたが一区切りついたこともあり、一同は早々に食料の調達することになった。は積極的に動いた。山菜の類いは一つ間違えるとこの任務自体が絶望的になってしまうからだ。例えば若芽の時のトリカブトはニリンソウとよく似た形状をしていて毎年必ず誰かが誤食する事案が発生している。ヨモギともよく似ているが、こっちは香りがある分気づきやすかったりする。きのこもまた然りである。

 山菜を手にしたが集合場所へ戻ると、本日のメインを調達に出かけた彼らはとても不敵な笑みを浮かべていた。
「……何で、それにしたの?」
 本日の主食を手にして帰ってきた彼らに、こんなことを言うのは申し訳ないと思った。だが、なんだかとても悲しいのはその見た目だろう。確かにこの森には豚も牛もいない。だが、せめてだ、猪など普段からなんとなく食材という枠組みで目にしているものが良かったのではないかとは思った。
「何言ってるんですか、これすっごく美味なんですよ」
と、平然とそれを掴むトクマの瞳はきらきらしていた。それには違和感を覚えた。確かにそのような話は聞く。だが、見た目が……。食物連鎖をより身近に感じてしまうのはそのビジュアルだろうか。彼らは二羽のウサギを連れてきたのだ。もちろん、ペットではない。
「肉なら猪とか鹿とか……」
「まあ、見た目はあれだし、の気持ちもわからなくはない。でも、本当にうまいから」
 アオバはそう言って、黙々と木の枝や枯れ葉を寄せ始めた。もそれに加勢した。ウサギの下ごしらえは自ら買って出たトクマにまかせておくことにした。白眼を駆使するらしい。彼は真面目な好青年である。だが、その術の使い道はいいのだろうか、とは密かに疑問に思った。

 殆ど原型がわからなくなったそれを目にし、いよいよ調理に差し掛かる時だった。
「さ、そろそろ火を点けないとな〜」
 アオバの呟きにとトクマは頷いた。

「……アオバさん、火遁だしてください」
「何言ってんだ。出し惜しみなんていらないぞ」 
 
 しばしの沈黙が流れた。
 煙が目立たないようにと工夫を凝らし、火消しの水も用意している。
 新鮮な食材を目の前に、襲ってくる空腹に耐えながら、生の食材を眺めながら、呆然としていた。
 一同は肝心なことを確認していなかった。その事実に、今更気がついたわけである。

「今しがた、この隊の欠点が浮上したわけだが……。いや、まさか、オレたち火の国の忍だよな? 木ノ葉の忍だよな?」
 彼がなんども確認するのは仕方のないことだ。
 なにしろ、火の国、木ノ葉の忍でありながら……。
 
 珍しいこともある。この隊には火遁を使える者が居なかった。彼らはが火遁を使えるものだと思い込んでいたのだ。

「確か、こういう場合に備えて、火起こしの方法をアカデミーで習ったはずです」
 トクマはそう言って、顎に手を添えて考え始めた。
「オレは覚えてないぞ……は?」
「確か、この環境だと一時間くらいかかるかと……」
「兵糧丸でも食ったほうが早いか……」
 アオバの言葉にとても残念そうな声を上げたのはトクマだった。
「この美味を味わわずにですか?!」
 あの真面目な青年が、せっかくの上質な肉を目の前にと、とても悲しい目をしていた。

 仕方なく、は火起こしの準備を始めた。やり方は覚えているが、実習以来の事だ。確実に炎が上がるかどうかさえわからなかった。
 が四苦八苦している間に、いよいよ本格的に空腹感に見舞われたのか、隊長が「起爆札じゃだめか?」と言い出した。駄目に決っている。そんな無駄遣いはできない。それに、今日は捨てたと言っても、一応は情報収集の任務だ。こんな山中で爆破なんかしたら目立ってしょうがないだろう。ただでさえクマパンダで目立ってしまったというのに。僅かなかけに出るようなことはできないのだ。マッチか何かあれば、そう思いながらがポーチからワイヤーを引っ張り出した時だった。

「あ!」

 この日一番の声量だったかもしれない。突然声を上げたに、二人は何事かと駆け寄ってきた。
「どうした、何があった」
「敵ですか」
 二人は身構えたが、はクナイの一本も手にしていなかった。代わりに手にしていたのは、あのライターだ。まさか、こんな時に役に立つとは思いもしていなかった。借り物の借り物だが、今は致し方ない。いつでも返せるようにとポケットに入れていたのをすっかり忘れていた。
 次第にパチパチと音を立て燃え始めた木の枝を目にし、安堵したのはいうまでもない。

 順調だったのかどうかはわからないが、早くも任務一日目が終わろうとしていた。日が沈み始めると早いもので、夕闇はあっという間に真っ暗に変わっていく。夜行動物が動き出したのか、森の中は不気味な鳴き声が響いた。は結局肉を口にすることができないまま、その日の夕食を終えることになった。そんなを見て、アオバは「一応、苦労して採ったんだけどな」と苦笑いをした。途端に申し訳なくなったは次は一口ぐらいは……と一旦は肯定したものの、目の前をさっと走り去った生きたそれを見て、やはり無理かもしれないと早くも断念した。夜も更けてきて、交代で見張りをすることになったは木の幹にもたれかかり、僅かに燃える炎を見つめた。
「……ウザギは夜行性?」
 通り過ぎていったそれを見ては呟いた。
「いや、夜行性ではない。正確には薄明薄暮性っていって、朝方と夕方に動き始める動物なんだ。まあ、今みたいに夜も動くが、基本はそう。ウサギを捕食する動物は多いからな、あまりちょこまか動いてると、」
 言っているそばからそれをいたちが追って行った。ウサギは攻撃をする手段がない上に、常に捕食される位置にいる動物。唯一の抵抗は逃げることのみだという。
「アオバさんは物知りなんですね」
「別に、これくらい誰だって知ってるだろ……」
 話してみると、山城アオバという忍は意外にも博識で真面目だった。始めの悪い印象こそなければもっと好印象だったかもしれない。それに、真面目なくせに時々抜けているところもある。なかなかおもしろい人だな、とは思った。


「そう言えば、がなんでライターなんて持ってたんだ。喫煙者でもあるまいし」
「ああ、あれは借り物なんです」
「借り物? そう言えば、それって確かアスマと同じ、……まて、お前らもしや、……」
と、アオバは途端に慌てふためいた。
「お、オレは見なかった、何も見ちゃいないぞ! そんなややこしい関係に首を突っ込むなんてごめんだからな」
 オレは誰にも言わないから安心しろ、とアオバは何度もサングラスを整えた。
「え……ち、違います! これはアスマが……カカシさんに貸して、それで私は何もないんです」
「ああ、アスマがカカシに……それを何でが持つことになるんだ?」
 ますます意味がわからなくなったと眉を寄せる。
「ちょっと、色々あって。まだ返せてないだけです」
 そう言ったのがよくなかったようだ。今度は小声で「色々……?」と言いだしたのを耳にし、収拾をつけるのに苦労した。なぜこの話をこの人にする羽目になったのか……、はため息をついた。
 この任務が片付いたら絶対に返しに行こう、がそう考えていると、アオバは徐に小さな巻物を取り出し、すらすらと文字を書きだした。
「何してるんですか?」
「この隊の弱点がわかったんだ、補強しておかないとな」
 アオバは巻物の真ん中に“火”の文字を書き入れ、くるくる巻き上げると、胸元のホルダーにしまった。そんなことを二、三繰り返していると、仮眠を取っていたトクマが目を覚ました。
「次はな」
「いいんですか?」
「ああ。その方が効率がいいだろう」
「わかりました。では、お先します」

 寝袋を敷いた地面はごつごつとしていて、ひんやりとしていた。目を閉じて聞こえてくる音に耳をすました。地図を広げる音とともに、任務計画を確認する二人の話し声が聞こえた。遠くの方で、フクロウの鳴き声が聞こえ、ふと、イトが言っていた言葉を思い出した。
—— 、じゃあ、は紅程じゃないよね』
 確かにそうだと思う。紅たちはいつもこうした任務をこなしているのだろう。自分には彼女たちに言い返すような権利はないとつくづく思った。そして、カカシが言っていた事を思い返した。どう考えても、あの橋の上の会話を聞かれていた。だからといって、まさか、彼女たちにあんなふうに言うとは思いもしなかった。そして、あのときのカカシの言葉が妙に気になった。後で紅が言っていた。あの日のカカシはちょっと饒舌だったと。あの日以降—— オビトとリンがいなくなってから、カカシは変わったと言っていた。それに、ガイはカカシの事を随分心配しているとも言っていた。本人の前ではそんな素振りは見せないけれど、と。仲がいいからすべて包み隠さず話すわけではない。誰だって、一つくらいは心の奥に仕舞い込んでいるものがある。自分が気にしたところでどうにもならない。そう、自分に言い聞かせながらは眠りについた。

九、三者三様

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