私が花屋になった理由

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 はため息ばかりついていた。事あるごとに店の外を眺めるものだから、見知らぬ人とよく目が合った。季節は変わり、肌寒ささえ感じる今日この頃。

 あれからと言うもの、は考え事が増えた。如何に自分が浅はかで了見が狭かったのか、思い知るのだ。簡単に忍になればよかったなんて言うし、自分が何代目かも知らずに不純な動機で花屋の手伝いを始めるうつけ者だ。
 あのはたけカカシという人はとんでもない人だった。父曰く『エリート中のエリート』。自分の息子と言っていいほどの歳の差なのに父は“カカシさん”と呼んでいた。そんな凄い人に、花店の大事なお客様の大切な人の命日に、グラジオラスを売ったなんて言えやしない。待てど暮らせどまったく姿を見せない常連客に、はついにうちの店に呆れてよそに買いに行っているのではないかとさえ思った。たまらず山中花店のいのに聞いてみると、意外な答えが返ってくる。「カカシ先生なら任務とカカシ先生の教え子の修行があるとかで色々忙しかったみたいよ」とあっけらかんとした様子で彼女は言った。自分の任務に教え子の修行……。なんと言っていいかにはわからなかった。けろっとした顔をしていた彼女も修行に勤しんでいると聞く。「そんなことよりさん花屋継ぐの?」といのに聞かれ、は返答に困った。とりあえず保留にしておいたが、どうするのか決めなければならないのも事実だった。

 だが、こんな小さな花屋の跡継ぎ問題など木ノ葉の里ではまったく大した話ではないし、噂の種にもなりはしない。それにもかかわらず、はその小さな決断でさえ決め兼ねていた。明日考えよう、いや明後日、来週でいいかと考えている間に一日は過ぎていき、時は流れて行く。
 そんな事をしていると少しだけ家の中が騒がしくなった。また忍の誰かが亡くなったという。そんな話を耳にし、は更に考えるようになった。



「こんにちは」

 その声をが理解するまで随分時間がかかった。あまりにも待ち遠しすぎてとうとう幻聴でも起こしたのかと思ったくらいだった。
「カカシさん! こんにちは、お元気そうでよかったです」
 以前と変わらない様子のカカシにはほっと胸を撫で下ろした。如何に忍が危険なものかと知ってからは、父だけでなく山中花店の家族、そして、カカシのことが気になって仕方がなかった。

「最近忙しくてね、なかなか自由が取れなくて。いのが知らせてくれなきゃそんなに間があいてるなんて思いもしなかったよ」
 カカシは「多忙も考えもんだね」と言いながら眉を下げて笑う。
「てっきり見限られたのかと思いました……あ、うちの店の事です」
「なんでそうなるの、そんなわけないでしょ」
 この人にこんな風に言ってもらえる店は木ノ葉の里に果たしてどれくらいあるのだろうか。
 「それより、今日も選んでもらおうかな」と言うカカシはいつもと変わらない。嬉しいし、ありがたいし。は胸が熱くなる。
「どのような感じがいいですか?」
「そうだねー、今回は可愛らしい感じがいいかな」
「カワイイ感じですね」

 常連客の要望に答えるには何がいいだろうか——
は店の花を見渡しながら、白いカモミールのような小菊と淡いピンク色の丸く可愛らしい雰囲気の千日紅を選んだ。花の種類もお墓に供えるには悪くないと思っている。だが、果たしてこれで喜んでもらえるだろうか……そんな不安がよぎった。
「そういえばね、夏に買った花、ええと、何だったっけ?」
「あ、グラジオラスですか、……何か、ありました?」
 やはり百合の花か菊の花が良かったのだろう。誰にも文句を言われない定番中の定番を選ぶべきだったのだ。
「ああ、それね、に選んでもらえて良かったと思って」
「え?」
「偶然墓地ですれ違った人が奇麗ですねって、沈んだ顔が少し明るくなってね」
「そうだったんですか……、実は、あの後定番の花が良かったんじゃないかと思って……、私が勧める花は、ちょっと違うみたい」
 が思ったものをそれとなく勧めてみるものの、常連客はいつも決まったものがいいと却下されるのが常だ。片や四代目はだなんて言うと思えば、「あんた花屋向いてないんじゃないか」なんて言う客も居る。もちろん、的はずれな花を勧めているわけではないのだが……。客が買いたい花を買う、それでもいい。だが、本当はもっと意味があって、その時にしかない花だって沢山あるんだと思いつつも、はすっかり自信を無くしていた。
「その人たちはきっと知らないんじゃないのかな。はそれがいいと思って勧めてるわけだし、説明しても気に入らないんだったらそれはそれでいいじゃない」
「そう、でしょうか……」
「結構勉強したんじゃないの? 花の種類、増えてるよね」
 そう言ってカカシは店の中を見渡した。花屋を継ぐか継ぐまいかと悩みながらもはこつこつ勉強を続けていた。自分は忍ではないし、得意な事もない。今自分にできることはこの店の花を売る事。それなら、と自分なりにやってきたつもりだったが、それに気づいてくれる人は殆どいなかった。新種の花は次第に店の奥へと身をひそめるようになってしまった。
「どうして分かったんですか?」
「店に顔をだす時間は無かったけど、時々すれ違ってるんだよ、が気づいてないだけでさ」
と、さらっと言うカカシにはどきっと胸を高鳴らせた。
「うそ、えっ、本当に?!」
「考え事はほどほどにしておかないと、せっかくの笑顔が台無しになるよ?」
 こんな嬉し恥ずかしい気持ちはいつぶりだろう。は思わず下を向いた。カカシという男は中身もかっこいいなんて聞いてない。いや、聞かなくてもそんな気はしていたが、本当に言われるとどうしていいかわからないものだ。
「あ、いま、組みますから、待っててくださいね!」
 はやるべきことを思い出し、小菊と千日紅の花束を一組作るとカカシの方へ見せた。
「こんな感じはどうでしょうか? 小菊と千日紅です」
「これも菊の花なの?」
「そうです、新しい品種なんですよ。それでこの千日紅は秋の花です。今ならコスモスもいいと思ったんですけど、より軸がしっかりしていて日持ちする方がいいかと思いまして……」
「なら、この組合せでお願いしようかな」
「かしこまりました、すぐご準備しますね!」
 小菊と千日紅をバランスよく整え、要望通り可愛らしい雰囲気を意識し、二組揃えていく。バラバラにならないよう、束ねて紙に包む。カカシと話をする時間が短くなってしまう……などという事は考えず、少しでも喜んでもらえるようにと一生懸命だった。
「お待たせしました!」
 が顔を上げると、にっこり笑って「ありがとう」と言うカカシの顔があり、それがは嬉しかった。
「代金は三十両です」
「あれ、それじゃあ花の数と合わないんじゃないの?」
 バランスを取るために二本追加したのをしっかり見ていたらしい。
「いえ、これは私の気持ちですから、いつもと同じ代金で結構です」
「じゃあ……ありがたく受け取らせてもらうか」
 カカシは花束を受け取り、店を出ると小さく手を降った。精一杯ありがとうございましたという気持ちを込めてお辞儀をする。本気で花屋を継ぐのもいいかもしれない、ふとそんな思いが芽生えた一日だった。


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