私が花屋になった理由

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 タイミングというのは実に重要だ。

 —— そうだ、誕生日プレゼントをあの人に渡してみてはどうだろう。
 思いつきでが山中花店へ駆け込んだのは、12月上旬のことだった。だが、カカシの誕生日はとっくに過ぎていたことが発覚した。しかもそれは3ヶ月前。さすがに一年先の話というのは待ちくたびれてしまう。ならば、クリスマスプレゼントにしてはどうだろう。そう思っていたのに、そんな時に限って彼は全く姿を現さないときた。クリスマス当日目掛けて入荷したポインセチアは瞬く間に売れ、クリスマス当日の店内は普段と変わらない状態になってしまった。仕方なくクリスマスリースを手作りし、どうせならばと値付けをしてしまったのが間違いかもしれない。ありがたい事に作る度に売れていき、結局店は平常運転のままクリスマスを過ごすことになってしまった。そんな事をしている内に、あっという間に年越しを迎え、今度は正月用の花を仕入れると、またもや飛ぶように売れた。だが、忍というのは正月もあまり関係ないらしく自分の父親も気がついけば三、四日前から家を空けている。そして、例の常連客であるカカシもしばらく顔を出していない、そう思っていた。
 だが、自分がうっかり友達と買い物に出かけている間に店に来ているという事がわかり、は愕然とした。

「えー、じゃあ今まで会わなかったのはそういう事?」

 なぜそんな簡単な理由を考えもしなかったのか、は呆れた。カカシは自分が店番をしている時に来ているのだと錯覚していたのだ。思い上がりも甚だしい話だ。


 すっかり冬らしくなった木ノ葉の里は珍しく雪が降っていた。こんな日は水仕事をするには最高な一日だった。ゴム手袋なんか殆ど意味がない程に冷えきった水は手先の感覚を麻痺させた。そして、うっかりすると花が傷んでしまうため、バケツの水を適温にするという手間が増える。こんな時、夏と冬に真逆の水が出たらいいのに、そう思ってしまう。
 一通り作業を終えたは、店内の唯一の暖房器具であるお客様用のストーブに直行した。ストーブの上にヤカンを置き、湯を沸かしながら身を小さくして温まるというのがここ最近の日課だった。時々道路側を見てみるが、この時期は皆マフラーなどの防寒具に身を包み身を縮こまらせて歩いてるためか、目が合うなんてことは殆どなかった。
 だが、たまには外を見て見るものだ。ふと、目が合ったのはあの“カカシ”だった。

「カカシさん!」
「やー、久しぶりだね。元気にしてる?」
 カカシの言葉には思い切り立ち上がった。小さな丸椅子が派手な音を立てる。
「え、ああ、はい! 元気です!」
 は後ろにひっくり返った椅子を慌てて起こし、カカシが居る通路側へ駆け寄った。カカシは客が来たから慌てたと思っているらしく、
「あーごめんね、今日はたまたま通りかかっただけだから……」
「いえいえ、とんでもないです。あの、先日はありがとうございました」
「あ、お母さんから聞いた?」
「はい。カカシさんが来るなら、私もお店に居たんですけど……」
 思わず余計な事まで口走っていることには全く気がついていなかった。
「いつも店の外見てるよね」
「え、なんで知ってるんですか?」
「そりゃー、通る度に通路側眺めてたら気になるでしょうよ」
 至極当然と言わんばかりのカカシの言葉に、はそうなのかと思いつつ、あまりピンとこないというのが正直な所だった。忍というのは一般人には気が付かないような事を自然にしているのだろう。の記憶では店の前をカカシが通ったのは随分前の話だ。

「あれって予約?」
 店のコルクボードに貼り付けられたメモ紙を見て、カカシが言った。
「今年はホワイトデーに花を送るのが流行ってるみたいで」
「へー、そういうもんなの。でも、ホワイトデーって一ヶ月以上先じゃない? 皆気が早いね」
 確かにカカシの言う通り、ホワイトデーはまだ先だ。バレンタインもまだ過ぎていないというのにおかしな話である。そして、ふとは今しかないと言わんばかりに声を張り上げた。
「カカシさん、今からお仕事ですか? お時間少しありませんか?」
「え? いや、一先ず家に帰る所だけど」
「あの、ちょっと待っててください!」
「え?」

 は店番の事などすっかり忘れてドタバタと自室へかけて行った。枯れないように大事にとっていたそれを持って慌てて店の方へ向い、手際よくラッピングを施した。幸いにも店の客は誰一人居なかった。たまたま仕入れた木ノ葉ではちょっと珍しいサボテンは、その時よりも若干大きくなっている。

「お待たせしてすみません、これ、あのーちょっと早いですけど、バレンタインっていうか、過ぎてしまいましたけどお誕生日とクリスマスと、ええと、そんな気持ちの品です! よかったら……その……あ、これはちょっと珍しいサボテンで上手に育てると花が咲いてとっても綺麗だそうで、私もまだ見たことがないんですけど、あ、水やりも滅多にしなくていいので忙しくても全然平気なんです、それで、チョコレートじゃなくてすみません」
 それはとにかく早口だった。精一杯の気持ちだとカカシに伝わっただろうか。普通はチョコレートを渡すべきなのだろうが、生憎は何も準備をしていなかった。
「そんな貴重な物、俺がもらっちゃっていいの?」
「はい!」
 はっきりとした声でそう言うと、はカカシの顔を見上げた。がカカシの顔をまじまじと見るのはこれが初めてだった。そして、とんでもなく大失敗をしたような気がしてならなかった。なんと恐れ多い事をしたんだ、はそう思わずにはいられなかった。こんなかっこいい人と目が合うなんて想定外だ。そんな状態で、にっこり笑いながら、「ありがとう、大事にするよ」なんて言われたら世の乙女はころっといってしまうだろう。勿論も例外ではなく、初めてカカシに花を売ったときのような衝撃を覚えた。「じゃあ、そろそろ行くかな」と言って去り際にこちらに軽く手を上げるカカシにも手を振った。そして後日、カカシが甘いものが好きではないと知ることになる。
 やはりタイミングは重要であるとは思った。


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